『極小聖域』

 目の前を走る閃光に反射的に腕を振るう。

 腕が空を切り、ようやくそれが朦朧とした自分の意識が生み出した幻影だと気づいた。


 どうやら俺はまた意識が飛んでいたようだ。

 聖達との戦いの時といい、ドラゴンになってから意識が飛ぶ事が多い気がする。

 ただし今回は人を喰わずにいられたようだ。

 それは相手が強かっただけかもしれないが。


 体もいつの間にかドラゴン・・・・・・のような何かになっている。

 顔はドラゴンで体の骨格は人間のまま、羽や皮膚や爪だけがドラゴンになっている。

 何をどうしたらこんなおかしな変身になるんだか。


「このドラゴンは私が全力を持って破壊する」


 俺が自分の様子を確認している間に、レイオンがかっこつけたように宣言している。

 どうやら時間はそれほど経っていないようだな。

 レイオンの左手は何故だか使い物にならなくなっているようだが、これで丁度良いハンデだろう。

 不恰好だがこの体でなら、人間の時より出力が高そうだ。


 俺は爪をむき出しにして、レイオンに飛びかかった。


「『極小聖域』展開・・・・・・フレイア、私から離れるなよ。守れなくなる」


 言葉と共にレイオンの体が薄く発光し、魔力が高まっていく。

 だがもはや間に合わない。

 今までのどの攻撃よりも早く鋭い俺の爪がレイオンの体を貫いた。

 そして、レイオンはニヤリと笑った。


 これまでの反省を活かし、反撃を想定し地面を蹴り後ろに跳ぶ。

 俺の体が次に地面についた時、俺がつけたはずの傷は完全に塞がっていた。

 前言撤回だ。

 これでもまだ相手の方が一歩先を行っている。

 レイオンはまだ奥の手を隠していた。


「我が『極小聖域』は無敵! この中では私を傷つける者も私を脅かす物も存在しない!」


「化け物かお前・・・・・・!」


「ドラゴンなんぞに言われたくないわ! ・・・・・・そして、外敵は私自らの手で処断する!」


 光り輝くレイオンの拳は先程よりも素早く重く放たれる。

 白炎を纏った拳は紅蓮よりも熱く、俺の鱗を焦がしていく。

 その度に俺の鱗がジュウジュウと鳴く。


 拳が速すぎて対応できない。

 なんとか貫かれずにいるのは、こちらも焼かれる度に『湿潤魔法』で熱を飛ばしているからだろう。

 こんな時にオーガの長が持っていた『赤熱之肌』があれば有利に立てただろうか。

 ああ、でも今の俺を見たら眷属達はガッカリするだろうか。


「スゥー、ハァー・・・・・・」


 落ち着け。

 無い物ねだりはやめろ。

 今この場で使えるのは俺のスキルだけだ。

 距離を取って頭を冷やすんだ。


 どちらにせよこいつの『極小聖域』とやらを無力化しないと攻撃が通らない。

 おそらく名の通りに、限られた場所でのみ【無敵】になれるスキルだろう。

 そしてその範囲は、レイオンの周囲に展開されたサークルの中、およそ半径2m。


「どうしたドラゴン! 怖気ついたか?」


「そっちからこいよエルフ。もしかしてお前の【聖域】、動かせないのか?」


「・・・・・・ふん」


 よし図星のようだ。

 これでしばらくの間考える事に集中できる。

 ただし気は抜けない。

 レイオンは風の魔法で高速で近づけるのだ。

 2度も同じ攻撃を食らうわけにはいかない。


 さて、あいつを外に出すにはどうすればいいか。

 このまましびれを切らすのを待つ?

 論外だ。

 すぐそこに毒で死にかけている仲間がいるのに、悠長な真似はできない。


 ブレスで押し出す?

 それもダメだ。

 側に控えているフレイアの使い魔が盾になるだろうし、ブレス後の硬直を狙ってまた本気の一撃を叩き込まれる。


「ならもうこれしかないだろ。『脚力強化』」


 俺は腰を落とし、脚に魔法を掛けた。

 そして右手には距離を取る途中で拾い上げた、薙刀を軽く握る。


「その踏み込みからすると突撃か? いずれにせよ無駄な事だ。この【聖域】内で私に勝てる者などいない」


「悪いなレイオン」


 違うんだよ。


「投擲だと? 踏み込みはブラフ・・・・・・違う! これは陽動か!」


 俺の投げた薙刀が、真っ直ぐにレイオンの心臓目掛けて飛んでいく。

 それ自体は簡単に弾かれたが、俺の目的はそれじゃない。


「ジョン確保ォ!」


 薙刀を陽動に、ダッシュして転がっていたジョンの所に行くのが俺の目的だったのだ。

 そしてジョンを担ぎ上げた俺がする事は1つ。


「じゃあなレイオン! もうお前に会う事はないだろうよ!」


 逃走だ。

 俺は後ろを向いて逃げ出すが、レイオンが俺を追うのに数瞬の間ができるだろう。

 なぜなら【聖域】から離れる事は、切り札を使って作り上げたアドバンテージを捨てる事。

 そんな判断を咄嗟にできる奴を俺は知らない。


「待ちなさい!」


 咄嗟にフレイアが素早い使い魔達を俺に差し向けるが、その程度は鱗からの『噴炎』で蹴散らせる。

 ブーストを繰り返し角を何度か曲がり、俺はついにレイオンの姿が見えなくなる所まで逃げ切っていた。 


 これで命は拾った。早くこの街を出なければ。

 せっかく築き上げた生活基盤を捨てるのは惜しいが、命には変えられない。

 ジョンの事はギルドに連れて行って、プラムに任せよう。

 ああ、シャルロが俺の事を知ったら怒るだろう。最悪俺を討伐する為に騎士団に力を貸すかもしれない。

 そうなった時、ソリティアと俺との商売が変に怪しまれないといいんだが。


「よし完全にまいたな、全く今日は運がない・・・・・・うおっ」


 後方確認をした俺は、気が抜けていたらしい。

 ダンジョンの別れ道の壁に追突した。


「突き抜けた・・・・・・落とし穴ァ!?」


 金属板の壁を突き破った先で、深い穴に落ちた。

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