第37話 策略

 遊園地、存在意義に疑問が残る施設の代表格。

 そして数ある遊園地の中でも、デパートの屋上に存在するショボい遊園地は特に存在意義が分からない。

 少なくとも、ひと夏の間に二回も訪れる場所でない事は確かだ。


 明日香が『今日の一時半に遊園地に集合』などとメッセージアプリに書き残しているのを今朝見た時は、本気で狂ったのかと思った。

 まあ、なんだかんだ言って集合時間の五分前にせんゆうマート屋上に到着している俺も、そこそこに狂っているのだろうが。


 夏休みに入ったからか、平日だというのに前回来た時よりも更に遊園地は込み合っていた。


「ず、随分と規模の大きい祭りですね……」

 人の群れを見て、カサネがたじろぐ。


 こいつ、遊園地も知らんのか……あんまり結界から出た事無さそうだったが、ここまでとはな。

 気を着けとかないと、妙なトラブルを起こしそうだ。

「これは祭りじゃないぞ、ここは遊園地と言う常設されている場だ。つまり、ここに居る奴らは皆、何の特別さも無い日だというのに無駄に群れている愚か者共という訳だ」


「我々もですか?」


「残念だが、その通りだ」

 本当に愚か極まりない。しかし、時としてその愚かさは人生に必要なスパイスと成るのだ。

 遊園地の存在意義、見つけちゃったか?


 ……いや、やっぱこんな暑くて騒々しい場所に存在意義とか無いわ。


 蝉と群衆に彩られた不快感を無視して、俺は明日香と上梨を探す。

 軽く周囲を見渡すが、特にそれらしい影は見当たらない。

 こうも人が多いと、見つけられるか不安になるな。


 まあ、まだ五分前だし、普通に来てないんだろう。

 こんな暑い中無駄に人探しをするくらいなら、時間になるまでベンチで休む方が賢明だ。


 俺は入場門の前に設置してあるベンチに腰掛ける。


 少し歩いただけだというのに、もうすっかり汗だくだ。

 隣に座ったカサネの首筋にも、結構な量の汗が滲んでいる。


 怪物も、汗かくんだな。


 そもそも怪物ってなんなんだろう?

 カサネは上梨の事を神だとか言っていたし、何か明確な定義でもあるのか?


「カサネ、怪物と神ってどう違うんだ?」


「……心の在り様、ですね。結局、超常の力というものは心で繰るものですから、心が人から離れる程に、人は人智を超えた存在に近づくといった具合です」


「え? じゃあ人間でも悟り開いたら神に成んの?」


「いいえ、悟るだけでは足りません。神に成るには狂気的な執着が必要です。神とは、何かを司る存在ですから……」


「へえ、じゃあ悟った人は怪物止まりって感じか」

 修行僧とかが一気にしょうもない奴に感じられるな。


「別に悟りと言う形で無くとも、心が人から離れれば、人は超常の業を繰り怪物に成り果てますよ」


 魔法を使えるようになったら怪物って事か?


 ……あ。 

 その定義なら、叔父さんも既に怪物だったりするのか?

 巨大化して火を吹き、ビル群を蹴り倒す叔父さんの姿が頭に浮かぶ。

 ……あんまり見たくないな。


 嫌な思考を中断し、意識を嫌な暑さに向ける。

 ジワジワとした熱気は、日陰に入っていても関係ないとばかりに俺の汗腺を刺激してくる。

 熱中症、気を付けないとな。


 ……あ、怪物が人間の延長線上にいるなら、カサネも熱中症になる筈だよな。

 こいつ熱中症とか知らなさそうだし、なんか飲み物渡しとこ。


 ベンチのすぐ横にある自販機で、スポーツ飲料を二本買う。


「ほら、やるよ」


 カサネは俺の差し出したペットボトルと、俺の顔を交互に見比べる。

 相変わらず表情の変化は読み取れないが、なんとなく困惑している事は伝わってきた。


「その蓋を回して開けたら、中身が飲めるぞ」

 俺はそう言いながら、自分の分のペットボトルを開けて見せる。


「昨日、お前が飲んでいるのを見たので知ってます」


「じゃあ、なんで俺とペットボトルを不思議そうに見比べてんだよ」


「明日香様から、お前は守銭奴だと聞いていたので」


「えぇ」

 あいつ、俺を守銭奴だと思ってたんだ……。


「後は、素直では無いとも聞いています」


「えぇ」

 あいつ、俺を素直じゃないと思ってたんだ……。


「それと、先ほどまじまじと首筋を舐めまわす様に見られた時に、気持ちが悪い奴だなと思いました」


「えぇ……いや、明日香が言ってましたみたいな流れで俺への暴言を入れてくるな」

 傷ついちゃうだろうが。


 だいたい、俺は舐めまわす様な視線だなんて高度なセクハラテクニックを習得した覚えはない。

 それとも俺の視線はデフォルトで舌の動きを想起させるのか?

 上梨に指を舐めまわされた時、俺と上梨は視線と舌で舐めまわし合っていたのか?


 ……俺の思考、なんか気色悪いな。

 暑さに脳がやられたのだろうか?


 やはり夏は、悪である。溶ける。


 俺のグンニョリとした表情を見て、カサネは意外そうに眼を細める。

「おや、お気に召しませんでしたか? 昨日、お前が神の蛹に罵倒されて楽しそうにされていたので真似てみたのですが」


「いや、なんか、実際に俺の視線は舌の動きを想起させるのかが気になる」


「物の例えですよ、そんなに気にしないで下さい。会話というのは、どうにも面倒ですね」

 そう言うカサネは、しかし何処か楽しそうだった。


「……ま、おいおい慣れてこうぜ」

 カサネの様子を見て、俺もなんとなく楽しい気分に浸りながら、一口スポーツ飲料を飲む。


 あー、雲一つない青空うぜぇなあ! 最高。


 俺はすぐに空に見飽きて手持ち無沙汰になった。

 気を紛らわせる為にペットボトルの蓋をいじる。

 うん、良い円形だ!

 ……やはり、脳がやられている可能性が高いな。


 そんな取り留めのない事を考えていると、急に視界が奪われる。


「だーれだ!」

 次の瞬間に聞こえてきた、ありきたりな掛け声。

 まあ、掛け声というものは大抵の場合ありきたりなのだが。

 ともかく、その掛け声の主は私が誰だか当ててみろと言っている。

 そしてこういう場合は、少し悩んで見せた方が良いのだ。なんなら、一回か二回間違えてみるのも良いだろう。


「明日香だな」

 俺は即答した。悩んだり間違えたりしてあげる程、俺はお人好しではない。

 ザマア見やがれ!


 パッと目を覆っていた手が取り払われ、目の前には嬉しそうに笑っている明日香の姿があった。

 おかしい、俺の目を覆った人間は俺の背後にいる筈だ。

 つまり、明日香が俺の正面にいる筈が無い。


 俺が咄嗟に後ろを振り向くと、そこには明日香と同じく嬉しそうに笑っている上梨が立っていた。


「ふふ、無様ね。声の聞こえた方向を意識していたら間違わなかった筈よ」


「こんなお遊びで心理戦を仕掛けてくるなよ……」

 本来であれば長々と理屈を捏ねて反論してやりたい所だが、完膚なきまでに負けてしまったせいで俺の口からは屁理屈すらも出てこなかった。

 ……無様だ。


「じゃあ、まあ、遊園地入るか」

 俺は敗北の味を噛み締めながら、ゆっくりとベンチから立ち上がる。


「ちょっと待って!」

 明日香がピョンと跳ね、俺に何やらチラシを差し出してくる。


「なんだよ?」


「今、スタンプラリーやってるから、別々で集めよ!」


「一緒に集めれば良くないか?」


「ちゃんと! チラシ見て! 一つのグループに一個しか、スタンプラリーの紙もらえないの! でも、もらえる奴は二種類あるから!」


 明日香の指さす部分を読むと、確かにそこには明日香の言った通りの内容が書かれていた。

 どうやらスタンプラリーの景品は、明日香の好きなアニメのポストカードが貰えるようだ。


「分かった? じゃあ、私はカサネちゃんと行くから! たかしも、かみなしさんと、ちゃんとスタンプ集めてね!」

 それだけ言うと、明日香はカサネを引き連れて入場門の方へと消えた。


 ……スタンプラリーの台紙だけ別で貰って、遊園地は一緒に回れば良いだろ。

 まあ、もう遅いけどさ。


 俺はメッセージアプリに『一時間後、コーヒーカップ前集合』と書き残し、上梨の方を振り向いた。

「じゃあ、行くか」


「ええ、最初はジェットコースターにしましょう」

 上梨は、ニコリと笑う。


 ちょうど良いタイミングで、ジェットコースターに乗っている者共の奇声が響く。


 俺は、無駄に多い絶叫系の遊具を嫌でも意識させられる。

 帰りたい……。

 今日で一番、そう思った。

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