第56話 「本日二度目のおはようございます、ですね」(円花視点)
思ったよりも簡単に意識を失ってくれたようです。ありがたいものですね。
今回も椅子に縛っていこうと思います。前回ほどきつく締めるつもりはありません。ゆーくんのためですから。
二階から前回と同じ椅子を運んでいきます。他のこともサクサクやっていきますよ。
運び終えたのち、すぐにセッティングを完了させます。目隠しは忘れていません。これをつけるとつけないとでは、完成度がまるで違います。この一手間が大事なのです。
なんだか料理みたいですね。
仕事を終えるのは楽なものでした。何度もシミュレーションした賜物ですね。
「ふぅ……」
とはいえ、まったく疲れないわけがありません。椅子だって軽くないんです。
できあがったゆーくんをみると満たされますね。ああ、私は本当に縛りつけたのだな、と。興奮による息苦しさと高揚感とが、身体中を巡っていくのがわかります。
熱くてたまりません。それがゆーくんへの愛だと思うと、さらに想いは高まっていきます。さながら永久機関です。
私は自分のことを「偉いぞ」と褒めてあげたいです。
ここまで私をみなぎらせる行為を、ずっと我慢できたのですから。目の前に餌をぶら下げられておきながらも、じっと待って耐えたのですから。
「さてと」
これから数十分、ゆーくんが起きるのを待ちます。無理やり起こすのは芸がありません。せっかく眠らせているんですからね。眠らせているからこその楽しみがあります。
寝込みを襲うとか、そんな万死に値する行為はぜったいにしません。私の趣味ではありませんから。
私が楽しみたいのは、ゆーくんの寝顔。ただそれだけです。
閉じられた目はもちろんのこと、無防備な唇、呼吸するために一定の周期で動く鼻、漏れる吐息。
何分見ても飽きません。
はじめにゆーくんと会ったときも、私は寝顔を楽しみました。当時は初対面でしたが、それが美しいことに変わりはありません。
あのときは、たしか一時間ほど楽しんだ記憶があります。今回は寝顔以外も楽しみたいものですから、寝顔パートは数十分でいいでしょう。
起きなければ、そのときは仕方ありません。私がゆーくんを起こすまでです。
視線を体の隅々まで巡らせるのは、私にとって至福の時間であり、「時の流れがふだんの数倍以上も早く感じられた」というのは、いささかも不思議な感想ではなかろうと思います。
「うっっ……」
ゆーくんの体が、ようやく自身の意思のもとで動かされました。
意識が戻ってからの十秒弱は、置かれた状況を飲み込みかねていたようですが、首の痛みから、およそ一時間前のできごとを思い返したようで、目元は隠れてみえないものの、瞳に驚愕の二文字が深く刻み込まれていたであろうことは想像に難くありません。
「本日二度目のおはようございます、ですね」
「迎えたくない朝だったよ」
「一日に二回も朝を迎えられるなんてお得じゃないですか」
「まるでセール品みたいだな」
「ツッコミのキレはいつも通りのようで安心しました」
いまのところは、どうにか心を乱さぬようにと試みているようです。ただの意地でしょうね。
「そうだな。円花がヤンデレ体質であるということと同じくらい、いつも通りだ。全線平常運行らしい。ここ最近はダイヤが乱れていたんだろうな」
「たぶん気のせいですね。私は私。つねに平常運行です」
平常運行か、とゆーくんは小さな声でつぶやくと、苦笑をこぼしました。
「なかなかいないぜ、男を縛っちゃう女子なんて。さすが狂気の塊だ」
「命が惜しくないのですか?」
「奪われるとしてもまだ先だろう。円花のことだ、きっとこの状況が楽しくて仕方ないだろうからな」
ゆーくん、少しはわかっているようですね。冗談だとしても、私はゆーくんを殺すところまでは至りません。ゆーくんが生きていなければ、楽しむも何もありません。
「文芸部に入った転校生に嫉妬してたのか?」
文芸部の転校生、といえば葉潤糸唯さんのことでしょうか。髪の色が私と違っている子だったように思います。じっさいに会ったことはほとんどありませんが、メイドから渡された調査資料をもとに、大体の情報はつかんでいます。
「ん? それがどうかされましたか」
「あれ、糸唯ty……葉潤さんじゃないのか」
「もしや、ゆーくんがその女と仲睦まじくしていることに対して、私が何らかの負の感情を抱いていたと思われていたのですか」
「ああ。それ以外ないと考えていた。俺が女子比率多めの部活に入り浸っていたらさ。円花のことだから、きっとそんな現状に耐えられなくなったんじゃないかって」
すこし前の自分なら、たしかに嫉妬心やらなにやらを抱いていたかもしれません。
ですが、現在の私は過去の私と同じわけではありません。私が望むのは、いまやゆーくんの独占ではありません。
「ゆーくんにもゆーくんの生き方があります。部活に所属する自由があります。私にその自由を侵してよい理由などありませんし、それに……」
その先の言葉は、整理しきれずに口から出されぬまま数秒が経過しました。私がいうのをためらったとみたらしく、ゆーくんは口を開きます。
「どうも身体の自由は俺の人権の中には含まれていなかったらしいな。あれか、騎里子に奪われたんだろうな」
騎里子さんといえば、ゆーくんの幼馴染のクラスメイトですね。最近はかつてほどの絡みはないようです。過去には、たびたびゆーくんに罵倒を浴びせていたみたいですね。
「身体の自由は奪っていませんよ? 私が許せば解くだけです」
「きっとそれを自由がないと呼ぶんだろうなぁ」
「……続けていいですか?」
「ああ」
ゆーくんは私にたてつくのを諦めたようで、おとなしく口を閉ざしました。
「ともかく、私はゆーくんのあるがままを尊重しようと思ったわけです。私が感情を暴走させすぎてしまえば、いいことはありませんしね」
「口先とやってることが矛盾している気がしてならないな」
「今回は特例というやつです」
「特例はいつしかルールを破綻させるぞ」
「ルールは破るところに楽しさがあるんです。かまいません」
長々とおはなしをしすぎてしまいました。やはり、ゆーくんと会話を交わすだけでも、じゅうぶん楽しいんです。
ただ、それ以上に――――。
私は、ゆーくんに意地悪をしたくてたまらないのです。
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