第33話 えんやこら
「という訳で結婚する事になったぞ」
「は? 」
「アイカ私の事はお義姉ちゃんと呼んでいいぞ特別に許すぞ義妹よ」
「は?? 」
和也、家庭を持つ。
なんかそういう事になった。
「お、兄様? え? ちょっと私お話に着いて行けなくって」
困惑する愛歌は兄であり渦中の人物である和也に縋るような視線を送るも、断念。
何せ和也も冷や汗をだらだらと垂らしながら困惑していたからだ。
「あー……俺ら席外すっすね……行くぞドロシー」
「うん」
エルヴィンとドロシーは早々と退散。
バタン、と扉が閉まり応接室に気不味い空気が流れた。
部屋の中には冷や汗を流す和也、満面の笑みを浮かべる鋭く睨む者改め月を見る者、困惑する愛歌、能面の様に無表情な邪なる瞳の王。
図では到底表せない難しい関係が火花を散らす。
「えーと……あのまず、結婚が何か知っていますか? 」
正直、愛歌は月を見る者に手のかかる妹の様なイメージを抱いている。
なるべく言葉を噛み砕いて、順序良く話を聞き出そうとした。
義姉とか義妹とか言ってるが知ったこっちゃない。
「オスとメスの番だぞパコパコして子孫を残すんだぞ私は子を作れんが和也がどうしてもと言うならパコパコしてもいいぞ」
「うん、ちょっと、待ってね」
パコ……
愛歌は眉間を揉む。
頭が縛られた様に傷んで胃もキリキリと痛い。
「お兄様? 少し見ないうちに何を……? 」
「お、俺はただ一緒に夜空を見てだな、良い雰囲気にはなったけど……あ、あと月を見る者って名前が変わったかな」
「邪なる瞳の王さん? 」
コイツらじゃ埒が明かない。
黙りこくっている悪魔に知恵を求める。
「……魔物にとって名前は魂その物なのさ、名前を与えるって言うのはね主従を結んだりソコの爬虫類が言うように婚姻の意味があったりもする」
重ねて言うなら、改名はその更に上位の儀式だ。
今までの生き様を精算し新たに生を歩む儀式、鋭く睨む者は今日死に新たに生まれ変わったと言って過言では無い。
気に食わなかったので、邪なる瞳の王は黙っているが。
「結婚式には呼んであげるぞカズヤもお前の事は友人と思っているようだしな式場のいっちばん隅っこだ」
ピリッ……と部屋の空気がもう1段張り詰める。
「君、さ。カズヤって呼ぶの辞めなよ。和也だ、発音おかしいんじゃない? 君が好きなのは魔王だろう? 彼じゃない」
お気づきの方も多数いるだろう。
そう、修羅場である。
ギスギスと言う擬音が聞こえてくるようだ。
実際鳴っている。
マナが震え、ガラス製品がひび割れ始める。
「魔王は死んだぞそいつはカズヤだ私はカズヤが好きだから問題ない」
「なんだよそれ、ドラゴンともあろう君がそんなにポンポンと好きだ何だと」
「お前何だか感じ悪いな悪魔王私とカズヤが好き合って何が嫌なんだ」
別に……と、珍しく邪なる瞳の王が言葉を詰まらせる。
察しの良い愛歌、ここで複雑な相関図の読み解きに成功。
なんと兄、和也は愛歌が目を離した隙にハーレムを形成していたのだ。
恋のトライアングル。
しかも死が絡む、マジもんのバミューダトライアングルに兄は巻き込まれていた。
知らんがな、勝手にしてくれと投げ出したくなるが……そうもいかない。
「と、とりあえず落ち着いて」
「お兄様は少し静かに」
「はい」
こんな超弩級地雷原を、恋愛経験皆無な和也に歩かせる訳には行かない、
この兄ならば地雷原でタップダンスを躊躇無く踊るだろう。
馬鹿だし。
かく言う愛歌にも恋愛経験は無い。
しかし趣味として読む漫画本(主に和也の読んだ後のもの)からある程度役立ちそうな知識を引き出して戦いに望む。
はっきり言って無謀だが負けられない戦いだった。
「そうか分かったぞ悪魔王邪なる瞳の王お前私にはお見通しだ」
まず月を見る者だ。
この有頂天な手のかかる子どもを何とかしなければこの帝都が大変事になる。
「さてはお前もカズヤの事が好きなんだな」
「!! 」
さーーーっそく大変な事になった。
愛歌が決意を胸に仲裁しようとしたその瞬間、この浮かれトカゲはあろう事か地雷原にバズーカをぶっ放した。
タップダンスを踊っていた和也も当然巻き込まれる。
「な……何を根拠に。僕が彼を? どうしようもない変態で救いようの無い馬鹿な彼を? 適当な事を言うんじゃない」
「泣く……」
愛歌は愕然として暫く何も言えなくなってしまう。
辛辣な邪なる瞳の王の言葉にでは無く、その表情に。
この悪魔、嘘が下手過ぎた。
普段は悪魔という名に恥じない面の厚さで嘘を隠し通すのだろう、しかし、和也というイレギュラーが関わった事により彼女の本質が少しだけ出てきてしまった。
視線を逸らし口笛を吹いて顔は汗まみれ、手や足は落ち着きなく動いて何かを隠しているのがすぐに分かる。
「ふんすお前がカズヤを好きでないならどうでもいいだろう」
「どうでも……良い訳じゃ」
「カズヤは私の伴侶だお前は大人しくしていろ」
「お二人共、少し落ち着いて下さい。ここは帝都、余り騒げばお兄様の立場も悪くなってしまいます」
愛歌はとにかくこの場を穏便に済ませる事を選んだ。
落ち着いてから、ゆっくりとこの拗れた状況を何とかすれば良いと考えた。
「……」
それは間違いでは無い。
ただ、少しばかり。
「……」
魔物という生き物の性質を理解出来ていなかった。
「やだ」
「え? 」
邪なる瞳の王から瘴気とも呼べる魔力が溢れ出る。
「貴女、一体何を! 」
「やだ、やだ、やだ……やぁだねぇ」
形容するならば重く、どす黒いガスの様な笑顔。
現実味がない程に整った悪魔王の顔が裂けたように綻ぶ。
正視に耐えない。
純度の濃すぎる悪意に塗れた彼女は正しく悪魔と言っていい程に悪辣で無邪気な声で続ける。
「全部僕のものだ」
もしエルヴィンやドロシー、あるいは和也が積極的に関わっていればこうはならなかったかもしれない。
この世界の住民、魔物という物を理解した人間が愛歌の説得を見れば首を傾げるだろう。
だって。
魔物の欲望は止まらない。
止められないのでは無い、止まらない。
ブレーキが存在しないのだ。
食いたいと思えば食うし、寝たいと思えば寝る。
人類を殺したいと思えば殺すし、守りたいと思えば守る。
巣を守るゴブリンも、野を駆けるケンタウロスも、ドラゴンや悪魔も根本的には変わりない。
生物進化の特異点。
魔物と言う生き物として最悪の欠陥品には、欲望を堪えると言う発想がそもそも無い。
強力な種の魔物であればあるほど欲望が強く、ブレーキが存在しない為に際限なく辺りを巻き込んで膨らみ続ける。
故に、和也は悪魔王に攫われる。
黒い泥の様な翼を吹き出させ、和也を引っ掴むと窓をブチ破って外へと飛び出した。
「お前ぇ! 」
瞬時に真の姿、ドラゴンになろうとした月を見る者の動きがビタッと止まる。
この部屋は狭い。
竜形態になってしまえば愛歌は死にはしないものの、圧迫されたり部屋の瓦礫に押し潰されたりしてしまうかもしれない。
契約に縛られるより早く、月を見る者は動けなくなってしまった。
和也を思うが故に和也をみすみす奪われてしまう。
慌てて人間形態のまま翼を広げて外へと追い掛けるも、既に邪なる瞳の王の姿は無く。
当然和也も居なくなっていた。
雷鳴のような怒号が帝都に響く。
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