第2章 アマンダ孤児院 愛の戦士マザー・メイ編

第7話 歌姫の町クロス・ローズ




 クリスは瓦礫と化した倉庫の残骸の中で自分の手の平を見つめ立ち尽くしていた。

 そして、何かに気付いたかのように、言葉を話し出した。


「リッキー・リード……

 リッキー・リードって。

 あの昔話に出てくるリッキー様ですか!?」


 これは、何と答えたら良いものか……


「まあ、なかなか信じられないかもしれないが。

 それに、世間じゃあまり良い評判でもなさそうだしな…」


「そんな事はありませんよ!

 僕は学校に行ってないですから、

 詳しくは知りませんが、

 リッキー・リード様は世界を救ったと言う人もいますから!」


 ???

 てっきり完全に悪者扱いされてるものだと思ってたんだが。


「そうなの?200年ぶりに世界に出てきたから

 最近の世界情勢について疎いんだよ」


「そうですか、現在のラグレスタ大陸のことは、ご存じないんですね」


「俺は実は、訳あって200年間も

 ずっと、引きこもって…いや!

 『封印』されていたんだよ!

 それで、昨日この世界に戻ってきたばかりなんだよ」


「そうだったんですね。

 まだ全然、信じられないくらいですけど。

 でも、僕にこんな力を与えて下さったんだから。

 正直、信じざるを得ないですよ」


「とりあえず、ここを離れないといけないな。

 レオポルドファミリーの仲間が帰ってきたら大騒ぎになりそうだ」


 それにしてもどうやら俺はまだ、今のこの世界について殆ど知らない様だ。

 ちょっと、勉強する必要がありそうだな。


 俺の記憶を整理すると、この世界には、たくさんの種族が存在するが、人口の多い二大勢力であった人族と魔族が、その他の近縁の種族を仲間に引き入れ人族側と魔族側は常に対立しあっていた。

 数こそ人族と比べると少なかったものの、魔族はその人族を遥かに凌駕する圧倒的な魔力や身体能力で人族の連合軍を次々と打ち破り、次第に戦線を優位に進め、領地を拡大させ始めていた。

 そして、このラグレスタ大陸中央部に位置したグランデ帝国領に迄、魔族連合軍の勢力が迫ろうとしていた。


 そんな時に、人族であるこの俺が現れた事を境に、そのパワーバランスがひっくり返った。

 グランデ帝国皇帝セバスティアーノは、俺が人族である事を高らかに主張し、魔族側の撤退を推し進めた。

 俺の驚異的な魔力に味を占め、更に欲を出した皇帝セバスティアーノは本来の魔族たちの大陸にまで侵攻を始めようとしていたのだ。

 俺は皇帝の虎の威を借る世界征服の企みに同意する気は更々なく皇帝の侵略戦争には反対を示した。


 実際本音で言うところの、俺は将来俺の脅威になる様な大国が現れては困るだけなので、それが人族だろうが、魔族だろうが、俺には大して変わらなかった。

 だから、権力があえて一点集中しないように、ラグレスタ大陸内にある各民族を独立国家としての建国を促し、その他のエルフやドワーフ、その他妖精達にも各国内の土地の集落において、特別自治権を与え住まわせた。


 さらに魔族については魔族大帝アドリアーノと交渉し、魔族大陸への不可侵を条件に、ラグレスタ大陸から魔族の撤退と休戦協定を取り付けた。

 俺の政策にグランデ帝国皇帝セバスティアーノはかなり不服なようだったが……

 俺は、敵のいなくなった世界で絶対的権力を得てふんぞり返っていた。


 ここ迄が、俺が知っている世界情勢についてである。



 俺は本屋にもう一度向かい、

『魔王リッキー・リード消滅と、その後の世界』

を購入した。

 俺が世界情勢に影響を及ぼした後の世界の話だ。


 俺の消滅後は案の定、ラグレスタ大陸では混乱が起こった。

ラグレスタ大陸内に12あった国は戦争により現在は6か国に迄減っている。

 グランデ帝国の領土が、やたらと広くなっている。

 現在はでかくなったグランデ帝国がラグレスタ大陸の顔役として魔族に睨みを聞かせているようだ。

 混乱をまとめたグランデ帝国皇帝セバスティアーノは英雄として書かれており、

何ならリッキーと倒して魔族と休戦協定を結びラグレスタ大陸の平和を取り戻したのが皇帝セバスティアーノなのだとまで言われているらしい。

 

 全く人の噂とは、いつの時代も全くあてにならないものだ。


 読書を続けていると、クリスが馬車と馬を購入してきたようなので、俺は旅を続ける事にした。



 目的地は、ここ港町スージーからおよそ180キロメートル程の所にある、酒と音楽芸能の町『クロス・ローズシティ』だ。

 ラグレスタ大陸東海岸の文化の中心であり、グルメ特産品も非常に豊かであり、観光……いや、冒険の下準備をするには、もってこいの町である。

 そして、クリスの事もあるし、レオポルドファミリーも早めに何とかしないといけない。



「じゃあ、行こうかクリス!」


「はい師匠!遂に冒険が始まるんですね!」


 旅の道中ではゴブリンを中心とする弱い魔物が何度か現れたが、新人ボディーガードのクリスさんが難なく撃退した。

 さすが魔力量金クラスだよ。



◇◇



 2日後、俺たちは目的地のクロス・ローズシティに到着した。

 町の入り口にはシンボルマークである、交差した薔薇の花の大きな紋章があった。

 クロス・ローズシティは港町スージーよりも更に賑わっており、そこには大きな繁華街があり、至る所に店が立ち並んでいた。

 この町には特にディナーショー等のライブ酒場が多くひしめき合っている。

 クロス・ローズは音楽が特に盛んな町で、そこには多くの歌姫が存在し、街のいたるところに似顔絵と名前の入った看板がたっている。


 歌姫は、この音楽の町を象徴するシンボルらしい。

 是非、見てみたいものだ。

 まだ社会復帰してからまともな美女にあったことがない。

 もしかして、絶世の美女歌姫と恋に落ちる展開が待っているかもしれない。

 

 そんな、絵に描いた様なラブロマンスもあっても良いかもしれないな。


 せっかくだから、ディナーショーを観ようと、クリスを誘い店を探し始めた。

 音楽の生演奏なんて本当に久しぶりだからな。


 めぼしい店が見つかり、俺達はワインを飲みながら生演奏に酔いしれた。

 それは素晴らしいショーだった。

 この町の芸能のレベルの高さが伺える。

 

 俺は200年ぶりの音楽の生演奏に満足して店を後にすると、酒場の裏路地で悲鳴が聞こえた。


 正義感の強いクリスがすぐに駆けつけた。


「師匠!

 ドレスを着た女性が悪党に襲われています!」


 何!それは大変だ!

 これはもしかして、美しい歌姫との運命の出会いなのでは?

 すぐに助けに向かわないと!(戦うのは勿論クリスさんだけど)


 どうやら歌姫の女性が襲われているようだ!

 彼女はポニーテールにした金髪の長い髪と真っ赤なドレスに身を包んでいた。

 そして、その美貌は…。


 ……あれ?



「あの……クリスさん。

 明らかに襲ってる悪党より、襲われてる歌姫の方が一回り程、大きいんですが」


 歌姫は青髭に、身長190センチはある筋骨隆々の巨漢だった。


「あの……クリスさん。

 何か、あの方は一人で大丈夫そうだから、

 取り敢えず我々は今日泊まる宿でも探しませんか?」


「いやー!誰か助けてー!

 きっと私の美貌目当ての人さらいよ!

 私スケベな奴隷にされちゃう!」


「師匠!困っている人は助けないと!

 我々は正義の冒険者なんですよ!

 このままでは彼女が奴隷として売られてしまいます!」


「クリスさん!大丈夫、俺の予想では

 彼女は売られても、恐らく『返品』という形で、

 ここへ帰ってこられますよ!」


「何をごちゃごちゃ言ってやがる!

 用がねえならとっとと消えな!」


 はい!消えます!おっしゃる通りです!


「そうはさせない!

 僕が許しても僕の師匠が許さないぞ!!」


 おい!

 クリスさん、何で俺が主体で入ってるの!?


「いい度胸じゃねえか銀髪のガキ!

 ただじゃおかねえぞ!」


 何で、もはや俺一択に……


「何て坊やなの!

 いいわ!

 私を助けてくれたら

 私の一生の愛を坊やに捧げるわ!」


 ハイリスク・ノーリターン!


「こうなったらやるしかない!

 しかし、殺してはダメだ。

 クリス!こないだ教えた眠りの呪文だ!」


「はい師匠!」


 クリスは呪文を唱え始めた。


「あっちょっとクリス!

 その呪文は詠唱で先に相手を決めないと

 その呪文は自分に跳ね返ってくる!」


 クリスは自分の魔法で深い眠りについた。


「クリスのお馬鹿さん!」


「お前ら何やってんだ……?」


 男は呆気に取られている。


 仕方ない!

 俺もこんな時のために召喚獣のスクロールを買い込んであるんだ!



 出でよ召喚獣!!


≪バーン!!≫


 音と煙と共に召喚獣が現れた。

 召喚獣は、このクロス・ローズにぴったりの

 大道芸の召喚獣だった。 


 召喚獣はジャグリングをしながら愛想を振りまいた。

 一瞬で男に蹴り飛ばされた。


「この役立たずめ!

 涙が止まらねぇよ!」


 俺は男にぶっ飛ばされた。

 

「あなた!私を愛する男子に何てことするの!!」


 もう何が何だか、訳が分からん……

 歌姫は男の手を振りほどこうと抵抗した。


「大人しくしやがれ!

 この青髭野郎!」


 ……


「おい……

 お前、今なんつった??」


「え?」


 その瞬間、彼女の右腕に血管が走り

 強烈なアッパーが男のアゴ打ち抜いた。

 その男は、まるで馬にでも蹴り上げられたかの様に彼方に吹っ飛ばされた。


 なんだ……自分で何とか出来るじゃないですか。


 その後、彼女は我に返った。


「はっ!

 怖かったわ!!!」


 俺は歌姫の強烈なハグを受け意識を失った…。



   To Be Continued….


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