第62話 熱い一夜が明けて
そんなわけで連休明け。台本は、なんとか完成した。
かすみセンパイは稽古場で、居並ぶ部員たちの前に僕を引きずり出した。
「ほら真崎、最初に言うことあるだろ! 全員注目!」
舞台監督の指示で、部員の視線が一斉に僕へと集中する。
それを避けるように、僕は頭を下げた。
「お待たせしてすみませんでした……」
「腰の角度が浅い」
かすみセンパイは、僕の頭を押さえつける。
部員全員への詫びをもういっぺん言わされたが、誰一人として僕の詫びなど聞いてはいなかった。当然といえば当然のことだ。
やがて最初の読み合わせが始まって、一人ずつ交代でセリフを読んでいくことになったが、誰もが全くの棒読みだった。年度末から待たされた方としては、これも当然の反応だ。
しかし、話が中盤、かすみセンパイの言うポイント・オブ・ノーリターンの辺りから雰囲気が変わってきた。
悠里のことを隠す観に、あきらがかんしゃくを起こすシーンだ。
「……何よ、不潔フケツ不潔! 観のバカ! 変態! 大っ嫌い! 」
そこへ、担任が割って入る。
「……落ち着け都筑、まず落ち着け、お前には全く非はない。安心しろ、こいつらは私がタダでは置かん。まず小菅!」
小菅がふてくれさる。
「……なんでまずオレなの、観じゃねえの? ナニいきなり来てひとりでいい役持ってっちゃってんの、人の話まず聞けってコラ」
あきらの詰問と小菅のお節介で、観の隠し事が明らかになっていく。
隠されていた情報が少しずつ表に出てくると、おざなりだった読み方が変わってきた。
読むテンポに緩急がつく。
一言一言を発する声の高低が変化する。
誰もが台詞に集中するのが分かった。
クライマックスで、観は豪雨の中を、悠里のもとへと駆け出す。
それを止める母親の役は、かすみセンパイだ。
「観! どこ行くの、観! こんな雨の中! 観!」
ちらっと見ると、台詞を口にする表情は真剣そのものだった。
僕の番が回ってくる。
母の制止を振り切って絶叫する観のセリフだ。
「えっと……。悠里、あ……」
口がうまく動かない。基礎練習が足りないからだ。
それでも僕は精一杯、言葉の一つ一つに注意して読んだ。そうせずにはいられない空気がその場にあった。
順番が終わって、再びセンパイに目を遣った。
その視線に気付いたのか、かすみセンパイが横目で僕を見る。
ちょっと微笑したように見えたが、その顔はすぐ台本に向かった。やっぱり、眼差しは真剣だった。
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