第113話 クリスマスがやって来た

 クリスマス前の突貫工事で商店街を大改装。

 驚くほどの費用が必要で、金にこだわらない小夜子が若松ですら見たことのない顔をするほどであったのだから、大変な金額であると知れる。

 その甲斐あってか、商店街のショボい電飾はプロの手によって生まれ変わり、メキシコの祭りかというくらいに豪勢になった。

 サンタさんから一般には馴染みの薄い聖人まで、キリスト教に基づいた電飾で七色に彩られたアーケードがまばゆく光り輝いている。

 最初は不安顔だった店主たちも、地元住民の話題にのってローカル放送局がやって来るころには笑顔でいっぱいになっていた。


「クリスマスイブはパーティーをしますんで、皆さんいらしてください」


 商店街の会長はカチコチに緊張してテレビの取材に応えた。サンタさんの赤帽子がいやに似合っていなくて、片田舎の素朴さが否応いやおうなしに伝わる絵面になっていた。


 足木夫人がモデルにしたのはメキシコのお盆である【死者の日】であるようだ。クリスマスイブの当日にはコスプレをしていたらサービスがあるとか、馬鹿な若者が喜びそうなことを告知している。

 死者や妖魔たちを紛れ込ませるための術法で、あちら側とこちら側の境目をあやふやにさせる効果を狙ってのものだろう。


 全体的なデザインは業者に任せたのだが、魔法使いでないとできないこともある。

 魔法円を商店街全体に描くという行為だけは、小夜子と足木夫人が徹夜して行った。手ずから調合した神秘的な塗料と霊筆れいひつをもって地面に寸分の狂いなく魔法円を書く。

 魔法やら魔術というものは、泥臭い工程が必要となるものだ。

 小夜子も足木夫人も、伝統的な術法はこれがあるから大嫌いである。お願いだから機械を使わせろと思う。

 時間に押されはしたが、本気を出した小夜子と足木夫人によってイブ前日の朝方に全ての工程を終えていた。


 作業を終えた達成感はあったものの、言葉は少な目に今夜のパーティーで会おうということになった。


 テストも最終日を迎えて学校は最終日。

 小夜子はいつものように全問正解では愛想が無いので幾つかの問題をわざと間違える。そして、無意味なことをしていると思う。

 小夜子を構成する人間の部分はおよそ三割。

 ほとんどバケモノだから、頭脳が優れているのも当然のこと。小夜子にはそう思えても、足木夫人はそうではなかったのかもしれない。産まれながらの仲間外れというのはどういう気持ちであろうか。


 いや、違うな。


 今のは、典型的な馬鹿の考えだ。

 蟲や動物が人間と同じ気持ちを持っているなどと想像するのは、傲慢で馬鹿げた思考にすぎない。

 小夜子がそうであったように、足木夫人もまた人間とは別の種族だ。同じ科に属していても、違う。だから、同じなはずがない。


 テストが終わったら退屈な終業式とホームルーム。そして、それも終わる。

 教室の皆は冬休みに入るということで楽しそうだ。

 小夜子は隣の席であるギャル谷に話しかけた。


「ギャル谷や、駅前でクリスマスパーティーがあるんじゃが、来るか?」


「え、どういう集まり? バイトの後は空いてるけど、あーしが行ってもいいの?」


 どういう集まりとは、鋭いことを聞いてくる。


「うむ、実は色々あってのう。わらわが商店街に金を出して祭りをやらせておる。聖蓮尼は来るのが確定なんじゃが、……碧は式神と過ごすというし、クルミンにオタ丸くんと、誠士や朱音もカップルは全員不参加じゃ。そうなると、のう」


 ギャル谷は苦笑いを浮かべた。クリスマスイブにわざわざ商店街に集まるというのは、いかにも独り者だ。


「あー、だよねえ。クルミンは彼氏とお泊りだし、鳴髪のお姉さんと篠原くんも来るはずないか」


「あいつらはどエロ病じゃからな」


 日本でのクリスマスイブなんてそんなものだ。だからこそ召喚に適している。

 ギャル谷は何か思いついたのかニヤリと笑う。


「レンジくんはどーなの? 前にデートしたって言ってたし」


 実を言うと、たまに会って食事くらいはしている。最近、ようやくレンジはテンパらなくなってきた。


「うむ、ラインしたら二秒で来ると連絡があったぞ。わらわとしては相手をしてやるんはやぶさかでもないが、今回は仕事絡みじゃからな」


 レンジには説明してあるが、仕事で呼ぶというのはどうにも気分がのらなかった。


「いつものヤツでしょ。サヨちゃんは、大丈夫なの?」


「わらわは別になんともないのう。世界の危機ではないと思うんじゃが……。今回はわらわにもよう分からん」


 なんだか少し、小夜子が寂しそうだとギャル谷は思った。なぜそんなことを感じるのか、自分自身でも分からないけれど。


「別に予定もないし、バイトが終わったら駅前に寄るね。連絡する」


「うむ、待っておるよ」


 この時、小夜子は気づいていなかった。

 若松はスマートフォンに注視しており、凄まじい速度でフリック入力を行っているということに。


 生徒会長である鷲宮わしみや沙織を筆頭に、若松ハーレムなどと呼ばれている若松狙いの女子たちがクリスマスパーティーのことを聞きつけて一斉に連絡をしてきたのだ。

 ハーレムなどと揶揄やゆされているが現実は残酷だ。ハーレムメンバー女子たちに友情や仲間意識は微塵も存在しない。


 暗黙のルールは一つだけ。


 身体を使って最初に既成事実を作った者が勝者カノジョとなる仁義なき椅子取りゲーム。

 全ては硬派すぎる若松が悪い。そして、このゲームにおいて圧倒的ポンコツぶりを誇る鷲宮沙織がリードしているという点でお察しであった。




 そのような青春や恋はさておいて、本日クリスマスイブの夕暮れからがパーティーの本番となる。




 駅前の商店街は昼から賑わっていた。

 小夜子と足木夫人による大盤振る舞いで、パン屋さんとケーキ屋さんは軒並みタダで商品を配っている。そうなると人が来ないはずがない。

 八百屋や魚屋などの小さな商店も大盤振る舞いの値段で盛り上げている。特に魚屋さんが出しているパック寿司はよく売れていた。

 ここ三十年は見なかったような賑わいに、商店街は明るい喧噪に包まれている。


 足木夫人は有名ドーナツチェーン店で、カフェオレ片手にポンデリングにかじりついていた。

 有名チェーン店の本社は素早く対応し、タダでの振舞いは不可能だが商店街で配られたチケットとドーナツを交換するというサービスを行っていた。

 学生や子供たちに主婦まで、楽しそうにドーナツを選んでいる。


「うん、混じってきた」


 足木夫人の使う魔法は、現代式魔術が基礎となっている。九つの扉を開いた魔人である足木夫人の行うそれは、魔法の領域にあった。

 なんの変哲もない商店街は、魔法円によって【あちら側】との境目があやふやになっている。そのような状態であるにも関わらず、神仏に護られていた。

 宗教観を曖昧模糊あいまいもことしながらも無宗教ではない。特殊な宗教観のある日本だけで展開可能な魔法であった。


 外には奇抜な恰好をした若者たちに紛れて、人に近い姿の妖物が混じっていた。彼らはこちら側ではなく【あちら側】から顕現けんげんしている。商店街に施した術式が補助することによって、理性ある存在として召喚していた。


「ポンデリング、やっぱり美味しいわ」


 足木夫人は独りつ。味わいながらも、悪意をもってこちらに侵入しようとした存在を消滅させた。術式は完全に制御されている。


 クリスマスソングが流れる商店街。

 日も高い内から、餃子とラーメンの店である【中華の大宝】に珍しい客が入っていた。

 ふくよかな肝っ玉母ちゃんといった風情の中年女性と、ロッカー風の長髪にレイバンのサングラスをかけて、口元に髭がある濃い顔の白人男性である。俳優のキアヌ・リーブスにちょっと似ている。

 揚げピーナッツ、ピータン、餃子、酸辣湯サンラータン、瓶ビールという渋い注文をして、奥のテーブル席で盛り上がっている。


「うんうん、現世のお酒は美味しいわぁ」


 女性はビールグラスを空にすると、揚げピーナッツをつまむ。

 白人男性は箸を上手に使って餃子を口に入れていた。小皿に造った塩コショウで食べるとは! なかなかの通である。


「ふう、日本は食事が美味しくていいね。ささ、僕が注ぐよ」


 白人男性ことイエス・キリストが女性にビールを注ぐ。


「ありがとうね。あんたも飲みぃや」


「ジゾーさん、あんまり飲ませられると困る」


 ジゾーさんと呼ばれた中年女性は、顕現した地蔵菩薩じぞうぼさつ様であった。


 この魔法円の中では人間のような自由意志をもって、彼らのような存在でさえも顕現することができる。

 術式を制御する足木夫人にも予想外のことがあった。

 あまりにも完璧な術式のおかげで、人間と変わらない姿で顕現されてしまうと存在を探知できない。


「今日は子供らが喜ぶ日で、あんたの誕生日なんやし。もっと楽しまなあきまへんえ」


 地蔵菩薩様は京都鈍りで言うと、追加のビールを注文。

 本日、商店街クリスマスパーティーにより、中華の大宝は全品半額である。

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