第71話見送り

 果たして、王都に着けば、バートの読みどおり、ベルントは捕まっていた。


 騎士たちが王都にあるベルントの館に押しかければ、書斎から密約書が見つかった。


 そこには、国境の警備を手薄にすること、入り込んだ男たちの宿泊場所を提供したうえ、その男たちにシルヴェストの動きを把握して逐一報告すること、それを条件にシルヴェストの兄が王位についた暁には、輸入をナット産の茶葉のみに戻す旨が書かれていた。


 署名はベルントと、側室の実家である侯爵家の当主の名前が書かれていた。


 ベルントは金に困っていたわけではない。しかし、今までずっと茶葉を独占販売していたことによって得られていた利益を落としたくなかっただけだった。要は金にがめつかったのである。


 こうして事件は解決した。


 シルヴェストは帰りの馬車の前で、クリスティーナたちと向き直った。




「アルバート王のおかげで、やっと敵の証拠を掴めたよ。感謝すると再度、伝えておいてほしい」




「ああ」




「良かったですね」




 シルヴェストの懐の中には、証拠となる密約書が仕舞われている。当主の名がばっちりと署名されていることから、言い逃れはできないだろう。そこから芋づる式に側室、兄王子と繋がっていくだろう。ちなみに密約書を保証するアルバートの書状も入っている。




「わからなくはないんだ、兄の気持ちが」




 シルヴェストがぽつりと言った。




「父はなかなか子に恵まれなくてね、やっとできた子が兄だった。当然、周りは兄を世継ぎだと思う。だけど、兄が六つの時、わたしが産まれてきてしまった。今まで散々ちやほやされていたのに、途端に見向きもされなくなってしまったんだ。子供心に、寂しく孤独だったろう」




 シルヴェストが寂しそうにふっと笑った。




「――だから、そういう兄の気持ちがわからなくはないんだよ」




 そう言ったシルヴェストの顔は弟の顔をしていた。もしザヴィヤが、正妃が産んだ子に、王位を継承する権限を優先的に与えることがなかったら、普通の兄弟になれたかもしれない。そこには、そんな埒のない思いが込められていたかもしれなかった。




「それではもう行くよ。君たちに会えて良かった。楽しい思い出ができたよ」




「俺は散々だったが――」




「道中気をつけて」




 シルヴェストの身の安全を思って、第一騎士団が連れそうことになっている。


 シルヴェストが馬車の入り口に足をかけたところで、クリスティーナは声をかけた。




「あのっ!」




「なんだい?」




「あの、妹さんの件は……」




 果たしてアレクシスはシルヴェストのお眼鏡にかなったのだろうか。クリスティーナがはらはらして聞けば、シルヴェストは今思い出したとばかり、ああ、と声をあげる。




「あれはもうよくなった」




「えっ!?」




 クリスティーナは目を丸くした。


 よくなったということは、ザヴィヤからの輿入れはないということだろうか。


 クリスティーナの驚いた顔を見下ろして、シルヴェストは思う。




(だって、一介の従者のために命をかけて川に飛び込む――そんな男を夫にもつなんて、あまりに不毛すぎるじゃないか)




 妹にはもっといい相手を見つけてやろうと、心に誓うシルヴェストだった。


 シルヴェストが馬車に乗り込み、第一騎士団に守られながら、その姿が遠くなっていく。




(お元気で)




 クリスティーナは心のなかで呟いて、小さくなるまで見送ったのだった。


 その姿が見えなくなれば、クリスティーナの肩からやっと力が抜けていく。


 これで、いつもの日常に戻れる。


 しかし、そう思ったのが自分ただひとりであったとは、夢にも思わないクリスティーナなのだった。


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