第69話第一騎士団

 外に出てみれば空は、昨日の嵐が嘘のような快晴だった。雲ひとつない青空だ。


 危機を脱したあとのせいか、目に眩しく感じられる。




(そういえば、昨日から何も口にしてないや)




 意識すれば、途端に喉に渇きを覚えた。




(井戸、あるかな)




 昨日は暗かったためわからなかったが、もしかしたらあるかもしれないと、小屋の周りをぐるりと一周するが、見当たらなかった。




(残念。でも、川ならすぐ近くにあったよね。行ってみよう)




 昨日はながい時間を要した距離も、今日はすぐに行き着いた。


 しかし目の前に広がる光景を見て、それも徒労に終わる。


 昨日の嵐のせいで、川は茶色い濁流に変化していた。


 すぐに川の水を諦めて、あたりを見回す。




(ここは一体どのあたりかな。どうやって帰ろう)




 しばらく川の前で思案していると、馬の蹄の音が聞こえた。


 もしや賊かと身構えたとき、声が聞こえた。




「おーい! クリス!」




 上流の川岸のほうから馬に乗った集団がやってくる。


 その聞き覚えのある声に、クリスティーナは目を大きく広げた。




「バート!?」




 驚いているうちに、集団が眼の前に止まった。


 見覚えのある一面と服装は第一騎士団だ。




「どうしてここに?」




「陛下から命を受けてね。無事で良かったよ」




 バートがほっと息を吐くも、すぐに表情が厳しいものに変わる。




「殿下は?」




「一緒にいます。向こうの小屋で休んでますよ」  




「お怪我は?」




「肩に受けた矢傷以外はありません。無事です」 




 そう言うと、騎士の面々は明らかにほっとしたように肩の力を抜いた。




「朝から川岸を中心にずっと探してたんだよ。御無事で良かった。本当は昨日から一晩中探したかったんだけど、嵐がひどくてね。下手すれば、こっちも濁流に巻き込まれて、命を落としかねなかったから断念したんだ。その間、手遅れになったらどうしようと、生きた心地がしなかったよ」




 バートが胸をなでおろす。その横に進み出た人物がいた。




「クリス、無事だったんだね。わたしが従者に指名しただけはある」




「シルヴェスト殿下!?」




 クリスティーナは驚いて、その顔を見た。




「ご無事だったんですね、良かった――」




「あのあと、騎士たちが駆けつけてくれたんだ。あと少し遅かったら危機一髪だった」




「そうだったんですね」




 クリスティーナもほっと息を吐いた。




「君の馬も無事だよ」




 シルヴェストが後ろを振り返ると、手綱を引かれたアイナがいた。




「アイナ!!」




 クリスティーナは急いで駆け寄った。 


 見れば、すぐ隣にはアレクシスの愛馬マルクもいる。




「良かった。無事だったんだ」




 クリスティーナはアイナの首を撫でた。その優しい瞳がクリスティーナを見返す。




「矢は腿を少し傷つけた程度で済んだよ。それでも痛むだろうから、当分は乗れないだろうけど」




 白い包帯が巻かれた姿は痛々しいが、治る傷と知って、安心した。毒の塗られた矢でなくて、本当に良かった。


 バートが口を開く。




「賊は全員捉えたから、あとは人員を揃えて移送するだけだよ。わたしたちはアレクシス殿下とシルヴェスト殿下を無事に王都まで送り届ける必要がある。詳しい話はその間、話そう。――さあ、殿下のところまで案内してくれるかい」




「はい!」




 クリスティーナは喜び勇んで、小屋まで案内した。


 ちょうど小屋からアレクシスが出てきたところで、第一騎士団を目にすると、目を丸くした。


 急いで、バートたちが馬から降りる。




「殿下、ご無事で何よりです」




「あ、ああ。よくわかったな。父上の命か?」




「はっ。詳しくは道中、話します。今は御身を無事、王都まで送らせてください」




 小屋の前で、水分補給を終えると、騎士たちが一斉に馬に跨った。


 クリスティーナはアイナに騎乗できないから、徒歩で行くしかない。


 ひとり残念に思っていると、馬上からバートが声をかけてくれた。




「クリスはわたしと一緒に乗るかい?」




「いいんですか」




 クリスティーナは顔をあげて喜んだ。




「もちろん。さあ、腕を――」




 その会話を見咎めたのは、もちろんアレクシスだ。


 クリスティーナがバートの手をとろうとするところで、慌てて止めにはいる。




「待て。クリスは俺が乗せていく」




「殿下にそのようなことさせるわけには参りません。わたしが乗せていきます」




「そうだよ。アレクもひとりで乗ったほうが気が楽だよ」




 バートが真面目に正論を吐けば、クリスティーナはアレクシスの体を気遣って発言する。


 アレクシスは押されたように、少し体をのけぞらせたが、ここで負けてはいけない。




「クリスは俺の従者なんだから、俺と一緒にのるのが当然だ!」




 その勢いはふたりを圧倒した。




「さあ、クリス。手をこちらに」




 何故だか、口調も改まっている。


 クリスティーナは、おずおずと手を差し伸べた。その手がぐんと、力強く引かれた。


 クリスティーナの体がアレクシスの前面にすっぽり納まる。


 バートは気圧されたまま、ぽかんと見ていたが、すぐに意識を取り戻した。


 王太子に強く刃向かえるわけもなく――。




「さあ、王都へ出発だ!」 




 意識を切り替え、仲間の騎士に向け、掛け声を放つ。


 蹄の音が何重にも響いて、森をあとにしていく。


 クリスティーナは馬に乗っている間中、アレクシスが必要以上に体を寄せてくるので、落ち着かない気分になった。体を離そうとするも、腰にまわされた腕がまるではかったかのように、力が込められるので、途中で諦めた。


 落ちないように支えてくれてるのだと思い、顔が赤くならないよう、王都に着くまでの間ずっと耐えるはめになったのだった。


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