第57話要望(1)
「スオネヴァン山脈ですか?」
クリスティーナはティーポットをテーブルに置くと、振り返った。
今、ここはシルヴェストに用意された部屋の中である。
「そう行ってみたいんだ」
シルヴェストが紅茶をすすりながら、優雅に足を組む。
シルヴェストがアルホロンを滞在するのは二週間の予定である。もう半分の時間の一週間は過ぎ去っている。その間、ずっと舞踏会に出ていたから、てっきりそういう場が好きなのかと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
「舞踏会なんて、向こうでもあるじゃないか。情報収集の場では使えると思うけど、それ以外はあまり意味はないよ」
最初の取り繕った言葉遣いはどこに行ったのやら、シルヴェストは気楽な口調で宣う。
シルヴェストの情報収集とはつまり、アレクシスの人となりを調べることと、もうひとつ――
「わたしはその国を訪れたら、その国でしか味わえないことをやってみたいんだ」
「――で、スオネヴァンですか」
スオネヴァン山脈は王宮からも見える、景勝地として名高い山だ。
「そう。前々から風光明媚とは聞いていたけど、ここの貴族から聞いたら、ヴェステル山から見る景色は素晴らしいと聞いてね、是非行ってみたくなった」
ヴェステル山と聞いて、クリスティーナの頭の中で地図が浮かび上がった。ここからそう遠くない山だ。残りの一週間があれば行けるだろう。
「わかりました。では、アレク――いえ殿下に訊いてみませんと」
アレクシスがシルヴェストをもてなす役割を担っている。話を進める前にまずは許可を得なければならない。
「よし、じゃあ善は急げだ。早速行こう」
シルヴェストが立ち上がった。身軽な王太子に、クリスティーナは目を丸くする。
「シルヴェスト殿下がわざわざ行かなくても、わたしが話に行って参りますが」
「何を言ってるんだい。わたしの要望を通してもらうんだ。わたしが行かなくてどうするんだ。――それにアレクシス殿下に会うチャンスだ」
本当はそれが目的なのだろう。シルヴェストは部屋の扉を開くと、クリスティーナを促す。
クリスティーナは呆れながらも、先導にたって道案内したのだった。
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