第624話 五月だけどクリスマス短編1 本が出るから俺はあの本を求めて暗闇に手を伸ばす様




「ちぃっ……この街にはモテないやつらが多すぎるんだよ!」



 おっと、聖夜の久しぶりのご挨拶として一番適切ではない言葉が出てしまったが、もちろんそのモテないやつには俺も含まれているから安心してくれ。



「でも兄貴、こういうのって彼女がいても買うのが男ってものなんじゃないスかね」


「これ言っていいのか分からねぇけどよ、ローエンの旦那だって持ってるらしいぜ」


 俺の背後で様子をうかがっていたモヒカン頭とドレッドヘアーが小声で言う。


 肩にトゲの付いた軽鎧をまとったゴツイ男たち、世紀末覇者軍団の二人が目標の建物をチラチラ見ながら小銭を握りしめている。


 いや、あれは小銭じゃあないな。結構持ってきやがったぞ、こいつら。


「……まぁ仮に俺に彼女が出来たら……うーん、買う……かもなぁ……ってローエンさんも持っているのかよ!」


 モヒカンが放った男らしい言葉に同意しかけ、ドレッドが漏らした言葉に俺が目を見開いて驚く。


「兄貴、夜中に声でかいっすよぉ」


「ご、ごめん……。つか、隠れる意味ないような……」


 モヒカンに小突かれ謝る。なんとなく儀式的に物陰に隠れているが、俺たちも正々堂々、目標の建物から伸びている男らしい行列に並ぶべきな気がする。


 俺がドレッドの言葉に驚いたのは、ローエンさんっていう紳士が例の物を持っているという事実が信じられなかったからだ。だってローエンさんって宿のオーナーで既婚者、お美しい奥様であるジゼリィさん、とんでもねぇグラマラスボディをお持ちの娘ロゼリィを愛する立派なお父さんなんだぞ。


 いや、男ならいくつになってもロマンを追うべき。


 そう、例え守るものがいようと、二次元の愛を求めるのが男という生き物なのだ。



 ──さて、男の悲しい習性を理解してもらったところで、いい加減状況を語ろう。



 今日のお昼、宿の料理人、イケボ兄さんの作る美味すぎるランチを食べ終え、愛犬ベスの散歩にでも行こうとしていたら、世紀末覇者軍団の二人が血相を変えて宿ジゼリィ=アゼリィに飛び込んできた。


 ガタイの良い二人の男のあまりの焦りっぷりに、何か事件性の高い情報なのか、と俺は身構える。


「兄貴、来たっすよ……年に一回あるか無いかの大事件っす!」


「あんたに伝えていいかどうか迷ったんだけどよ、あとで拗ねられても面倒だなって」


 宿の入口で汗と熱気を噴き出すゴツイ男に挟まれたが、こいつらが何を言っているのかさっぱり分からん。


 俺は別にお前らが持っている程度の情報を知らなくても拗ねないっての。


 あと、圧迫面接のごとく挟まれるなら筋肉の塊みてぇな男じゃなくて、宿の受付で不安そうに俺を見ている素晴らしい体をお持ちの女性ロゼリィか、大あくびをしながら宿の二階から降りてきた水着魔女ラビコがいい。


「なんだよ一体、事件って」


 早く散歩! と俺の足に絡む愛犬ベスを撫で落ち着かせ、二人に視線を送る。


「これっす兄貴! 店主からあんまり宣伝するなって言われてんすけど、生粋のソルートン男児である兄貴には伝えないと、と思って!」


 モヒカンが興奮気味に一枚の紙を渡してくる。


 俺、日本生まれだから、異世界である港街ソルートン生粋の男児じゃあないんだが。


「手書きかよ……っておいこれいつの情報だ! 今日? そうかお前らよくぞ俺にこの情報を持ってきた! さすが俺の一番の子分たち、分かっている、お前らはこの俺のことをとてもよく分かっている!」


 ちょっとしょぼい紙の手書きのチラシに下がり気味だったテンション。だがその中身を読み、俺の心は天に舞い上がり、太陽すら貫く勢いでブチ上がった。


 光り輝くその紙に書かれていたお告げは、『在庫整理するから全品半額セール』という奇跡の一文。


 紙の最後には、『ブックスソルートン』そう、あのエロ本屋の名前が刻まれていたのだ。



 ──ほとんどのお店が閉まり暗闇と静けさに包まれた夜二十二時、港街ソルートン。


 中心街からちょっと横にある、街灯も無い狭い路地。


 明るい日中でもかなり妖しい雰囲気の場所なので、女性の一人歩きはオススメしない。



「一体何人並んでいるんだ……。男の行列が闇の向こうまで続いているぞ」


 まだ開いていないお店の前にズラっと男たちがお行儀よく並び、最後尾は暗闇の向こう、もはや視認出来ないレベルの大行列。まるで闇に吸い込まれているようだ。


 男たちは騒ぐこともなく、静かに、熱く、その手に分厚いサイフを握りしめている。


「ちょっと出遅れたっすかね。早い人は今日の朝から並んでるらしいっす」


 モヒカンが自宅から持参したパンをモッシモシ食いながら言う。


 まぁ本当なら情報もらってすぐにここに参戦したかったのだが、宿の女性陣に知られてはまずいので、みなさんが寝静まってからの行動になってしまった。


「……すまんなお前ら、付き合わせてしまって」


 モヒカンとドレッドは俺と違って制限はないのだから昼から並べばよかったものを、わざわざ俺に時間を合わせてくれたのだ。くっ……なんという心意気。


 以前この三人でとある物を求めて登山をしたのだが、あれ以降俺たちの絆はさらに深まったようだ。


「いいんすよ、兄貴。ああ、もうすぐ開店っすね」


 モヒカンがお店の入口を指すと中からカーテンが開かれ、店内の明かりが暗闇の男たちを暖かく照らす。


 その光景はまさに、エデンに住まう神々からの地上に住む者たちへの救い。


 この一筋の光を掴まず何を掴むというのか。


 行こう。


 俺もあの光に包まれ、神の救いを体感するのだ。



「やはり大きなお胸様の大人しめの女性物、水着のお姉さん、バニー衣装、高貴なお姉さんとの身分違いの恋、背が低めの女性、言葉使いは悪いけど結構常識人の女性……系を狙って……」


「じゃあ俺たちは行くんで。兄貴はここまでっす」


 エデン内部に広がる肌色成分多めの本たちに想いを馳せていると、モヒカンが急にドライな一言を言い放つ。


 え?


「すまねぇ。英雄であるあんたは尊敬しているんだけどよ、俺たちも出来たら長生きしたいんでな」


 ドレッドが申し訳なさそうな顔になり、俺の後方の暗闇を指す。


「はい、そこまでさ~。そこのアホづらの少年は回れ右~、あっはは~」


 暗闇の向こう側がチカっと光ったと思ったら、紫色の魔力を放つ魔女、ラビコが杖を俺に向けてニッコリ笑顔。


 え、え? なんでここに水着魔女ラビコがいるの。



 ここはモテない男しか入れない聖域のはず……








「異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが」

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