第568話 アンリーナは獣で奥手女性? 様
「とりあえず至急止めないとマズイのはアンリーナか」
ソルートン駅直結の大型商業施設ソレイローラ。
開業から一週間ちょっと過ぎたので見に来たのだが、通路で人とすれ違うのですら厳しい混雑っぷり。
多種多様なお店が百件以上入っていて、さてどうやって見て回ろうか、と思っていたら女性陣がパンフレット片手に蜘蛛の子散らすように自分が見たいんだろうお店方向に走っていってしまった。
たぶん、新しく出来た施設でみんなのテンションが上がってしまったんだろう。
こういうときあまりはしゃぐ雰囲気のない水着魔女ラビコですら、子供のような笑顔で飛び出していってしまったからなぁ。
それぞれに見たいお店も違うんだろうし、俺もゆっくり見て回りつつ女性陣を回収していけばいいか、と思ったが、商売人アンリーナが最上階のホテルに部屋を予約してくるとか訳わからんこと言っていたので、それだけは止めねばならん。
ソルートンで泊まるのは、俺のホームである宿ジゼリィ=アゼリィで間に合っているし。
「くそが……エスカレーターにエレベーターぐらい普通あんだろ、こういう施設……」
異世界に対する一方的な文句を言いつつ、階段をヒィヒィ言いながら登り最上階に到達。確かペルセフォス王都のホテルとかにはあったよな。
四階までは人混みですごかったのだが、五階に上がった途端、急に人はまばらで落ち着いた空間になった。
五階は全てホテル施設になっている模様。
入ってすぐのところにあるホテル内レストランは誰にでも開放しているようだが、一階のような混雑にはなっていない。
「……って結構お高いお店なのか……」
チラとお値段を見たが、お得ランチメニューでお一人三十G、日本感覚三千円か。王都なら安い部類なんだろうが、ソルートンではお高い感じ。
「お、いたいたアンリーナ」
レストランを横目に通路を進むとホテルの受付カウンターになっていて、その前の広いロビーでぐったりうなだれている女性が見えた。
「あ……申し訳ありません師匠……このアンリーナ=ハイドランジェ一生の不覚……ギギギギィィ……」
俺が声をかけると、アンリーナがゆらぁっと立ち上がり激しい歯ぎしり。
「この私の名でなんとか当日予約を、と試みたのですが、すでに一ヶ月先までビッチリ隙間なく予約でいっぱいだとか……まさかここまでソルートンに人が集まり続けるとは……。私の予想を大きく越えたのは嬉しい誤算で済むのですが、これでは私と師匠の突発的に燃え上がった愛の劇場を披露する場が……ギィィィイイイイ!」
や、やめろアンリーナ、そこまで強烈に歯ぎしりをするとマジで歯が減るぞ。
「しかしまぁホテルのロビーという公共の場でも充分に愛する二人が出来る行為はありますしギリギリのラインを攻めるという制限によりむしろ二人の愛が燃え上がる……そしてもしや師匠皆さんが分離してすぐにここに来てくれたということは他の誰よりもこの私のことが心配でお邪魔魔肉共がいない少ないチャンスを使い二人は見つめ合いからの愛の求め合い主に下半身を……!?」
数ミリ減る勢いの歯ぎしりをやめたと思ったら、アンリーナが何か閃いたらしくものすごい勢いで喋り始め両俺の肩をガッツリ掴んでくる。
ちょ……興奮して早口なうえ息継ぎ無しで喋られたら聞き取れねぇって! 句読点かスペースを入れろって!
アンリーナって肺活量すげぇのな、あとお邪魔魔肉って何……。
「いやその、アンリーナがホテルを予約してくるとか言うから、それは至急止めないとと思って……」
予約されたところでソルートン駅のホテルに泊まる必要は俺には無いし、予約されたあとでキャンセルとかしたらお金かかる上にホテル側に迷惑かかるだろ。
「至急……!! ……そうですよね、師匠の周りには無駄に発育の良い魔肉持ち女性がわんさか……いくら我慢しようとも欲求は高まるばかり……! 師匠だって男性、その若さを抑えられない日だって当然あります。そして今日、ついに邪魔者がいない愛する二人だけの時間がここに爆誕! この少ないチャンスは逃せない、つまり至急私と抱き合いたいとヌフアハァホオォ……!!!!!」
アンリーナが両目をバチーンと見開き、獣のように構え奇声を発し俺に飛びかかってきた。
よ、よせアンリーナ! だからここはホテルのロビーっていう公共の場で、冗談でもこういうのはアカンって!
あとアンリーナ、あなたの奇声は表記が難しいし、俺の話を全く聞いていないだろ。『至急』って単語だけ拾い上げて自分の持っていきたい方向にフルスロットルかよ……。
「…………も、申し訳ありませんでした師匠……つい興奮してしまって……」
数分『獣』と格闘し、なんとか頭を撫で落ち着かせ『人間アンリーナ』に戻ってもらった。
「どうしても私はお仕事があるので師匠と一緒の時間が少なく、そのうえ師匠の周りにはとても魅力的な女性が多くいて……その、焦ってしまうのです……」
苦笑いをしながら俺たちの様子を見ていたホテルマンに紅茶を頼み、アンリーナの話を聞く。
「出来るのなら今すぐにでも師匠を船に押し込み拘束し偽造サインが書かれた書類に拇印を押させ役所に提出、その足でお父様の元へ赴き身を固めると報告、そしてもうすぐ完成するアイランド計画で世界に轟くような結婚披露宴をしたいところをぐっっっ……と我慢し毎日を悶々とすごしています……」
アンリーナが紅茶をチビチビすすり、伏し目がちにとんでもない犯罪計画を暴露する。
そういや過去にも何度か『アイランド計画』がどうのと言っていたな。なんだろう、その謎の計画は。
「よく分からんが……確かに俺の周りにはとんでもなく魅力的な女性がたくさんいるな。ソルートンだけでもロゼリィにラビコにアプティにクロ、正社員五人娘もいるか」
みなさんお美しい女性だし、ほんと、俺なんかが近くに居ていいのかといつも思う。
「そしてアンリーナ、君も俺にとってとても魅力的な女性の一人なんだ。いつも元気で可愛らしくて、君が側にいてくれるだけで俺は笑顔になれる」
アンリーナは小さい体なんだけど、パワフルなんだよなぁ。
喋りも上手いし、商売系の手腕はいつも頼りにさせてもらっている。
歳は俺の確か一個下の十五歳のはず。
超グラマラスボディをお持ちのロゼリィとかと比べたら控えめなボディを気にしているようだが、年相応だと思うがね。
アンリーナのお胸様は生で見たことがあるけど、それはもう素晴らしく可愛かったぞ。
「俺はアンリーナのことが好きだし、ずっと側にいて欲しいと思っている。本当に君と知り合えてよかった。ああ、こういうのを運命の出会いとか言うんだろうな」
マジでアンリーナと知り合えなかったら、ここまで宿ジゼリィ=アゼリィは発展しなかっただろう。
彼女の協力があったからこそ、世界でも通用するようなお店になったんだと思う。
あとアンリーナは見た目が俺好みに可愛い。
「フォ………………」
俺がニッコリ笑って言うと、アンリーナが目を見開き口を半開きにし、飲んでいた紅茶をダバーっと漏らす。
お、おいどうしたアンリーナ……。
「フォ、フォレハフォフハフエフカ! ワハヒヘノアフィヘノフォフハフエフカーー!!!!」
ガタンと立ち上がったアンリーナが目を光らせ、口から紅茶を滝のように漏らしながらヌフォフ語を叫ぶ。
「ヌホレハヒヒョウアハフフォフッフォンフヒホホホホァァェィヒィー!!!」
き、聞き取れねぇ……アンリーナは一体何を言っているんだ……もしかしてこれが本当の異世界語なのか?
都合よく日本語に翻訳されていないとこういう感じなんだろうか……。
「フオオオオォォ……! ヌフェェィィァ!!!」
アンリーナが獣のように俺に飛びかかってきて、迷いなく俺のジャージのズボンに手をかけてくる。なんつー握力……!
お、おい……! こんな綺麗なホテルのロビーで下半身露出させたら出禁どころじゃ済まないぞ……!
あとアンリーナの言葉なのか奇声が一言も理解出来ない。
誰か今すぐ翻訳してくれ、マジで。
「…………お客様」
やべぇ、苦笑いホテルマンが五人こっちに歩いてきた……!
「す、すいません! お代はここに置きますね!」
俺は飲み物代より多めの金額をテーブルに置き、奇声を発し暴れるアンリーナを小脇に抱え、ダッシュでホテルをあとにした。
「……! これはお持ち帰り……! 世界中の全ての奥手女性の憧れ『お持ち帰り』ですわぁぁ!!!」
やっとアンリーナの言葉に翻訳がかかり理解できる言葉を聞けたが、どこの誰が奥手女性なのか俺は本気で悩み走る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます