第563話 お使いアインエッセリオさんと自活への道様




「……おっはよ~社長~。無事、かな~?」



 大宴会翌日、よく分からないが朝起きたらバニー娘アプティと、火の種族の蒸気モンスターだというアインエッセリオさんが部屋にいた。


 アプティはまぁ毎日いるのだが、アインエッセリオさんが半裸状態でいるのはさすがに驚いた。


 どうにも鍵をしめ忘れた窓から入ってきたみたいだが……その、蒸気モンスターってのは毎朝俺の部屋に侵入してくるのが日課な種族なの?



 部屋にいてもアプティとアインエッセリオさんが一定の距離を保ち無言で睨み合うという大変居心地の悪い空間だったので、とりあえず朝ご飯をと宿の廊下に出たら、水着魔女ラビコが壁に寄っかかり待機していた。




「おうラビコ、おはよう。無事? 見ての通りだが?」


 ラビコが俺の体をジロジロと見てくるが……何?


「ん~大丈夫みたい、だね~。いや~いくら社長とはいえ、寝込み襲われたら無傷じゃ済まないかな~とか……あ~ごめんごめん、社長が信じるって言ったんだから疑うのも変なんだけどさ~……ちょ~っと心配でさ~」


 ああ、アインエッセリオさんのことか。



 そりゃあラビコにとっては蒸気モンスターってのは今まで命を懸けて戦っていた存在であって、それをいきなり信じろってのは無理な話だ。


 でもまあ俺とラビコしか知らない事実だが、すでに蒸気モンスターであるアプティっていう女性がいて一緒に生活しているんだし、こうして分かり合えるタイプも少なからずいるってことだよ。



「心配してくれてありがとな、ラビコ。俺は無事だよ。それに部屋には愛犬ベスもいるしアプティもいる。滅多なことが起きない限り大丈夫だって」


 俺は心配そうな視線を送ってきていたラビコの頭を撫でる。


 愛犬ベスは神獣化すればとんでもない強さになるし、蒸気モンスターであるアプティだって相当な実力者。


 この二人を突破出来るのは、それこそ銀の妖狐より上のクラスだろ。



「……まぁそうなんだけどさ~……それに社長はその二人より強いだろうし……って心配したのはそっちもあるけど、あっちの行為……」



「……マスター、朝から激しい運動で疲労しました。……美味しい紅茶を飲みに行きましょう」


「ほっほ、あの程度の組み合いで疲労とはキツネの女は貧弱よのぅ。王よ、わらわはもっと激しい動きでも問題ないぞ?」


 俺に続き部屋から出てきたバニー娘アプティとアインエッセリオさん。


 ちょ、何その誤解されそうなセリフは! 激しい取っ組み合い的なことをやっていたのはアプティとアインエッセリオさんな!


 俺は寝てただけ!


「……疲労? 激しい? 社長~? まさか……ヤってないよね~? なんでも言うこと聞くからって、二人を無理矢理裸にしたとか、ないよね~?」


 出てきた二人を見たラビコがムっとした顔になる。


 はあ? 俺がそんなことするわけねぇだろ……ってアインエッセリオさん、さっきのうっすいシャツ一枚におパンツ様のみじゃねぇか!


 ち、違う! あれは俺があんな格好にさせたんじゃないって! 最初から……



「…………ま、社長にそんな度胸は無いか~。はぁ……しっかし上位蒸気モンスターを二人も引き連れて朝食に向かう人間なんてこの世で社長ぐらいだろうね~。ほんと、社長といるとありえないことの連続で退屈しないよ、あっはは~」


 ラビコが周囲を鋭い目で見、誰もいないと判断してからボソっとつぶやき階段を降りていく。


 銀の妖狐の島ではアプティにメイド二十人衆を引き連れていたので、二人はそう多くないと思うが。






「──ではそちらのグループは葉物野菜を、こっちは調味料系を……」


 宿一階で朝食後まったりしていたら、リュックや台車を装備した調理師チームが数十人入り口に集合し始めた。


 なんだ?



 ああ、アインエッセリオさんにはちゃんと服を着てもらったぞ。


 人間の食べ物にすごい興味を持っていたらしく、お子様ランチを目の前にした子供のようなキラキラとした目になっていた。


 スープ系は苦手らしく、肉とか塊で食べる系を好んでモリモリ食べていた。


 ……多分味の好みじゃなくて、その両手に装備した長い鉤爪でつかみやすい物を選んでいた御様子。


 スープはつかめないしね……。


 中でもアインエッセリオさんは焼きたてのパンを何度もおかわりしていたから、相当気に入ったのだろう。



「あ、もしかして買い出しですか兄さん」


 チーム分けをし、メモを確認していたこの宿の神の料理人イケメンボイス兄さんに話しかける。


「うん、混雑するお昼前までになんとか買ってこようと思ってさ。いや何か物々しくて申し訳ない。まさかここまで混雑するとはね……通常の混雑マニュアルよりも多く食材は仕入れたんだけど、それでも足りなくなってしまったから緊急で買いに行かないとならなくて……。雑誌に載った影響って本当にすごいんだね、あはは」


 イケボ兄さんが困り顔で笑う。


 そういやこの宿、雑誌に載ったんだよな。多分商売人アンリーナの仕掛けなんだろうがその影響はでかく、さっき俺がソルートンにいない間の売上データを見せてもらったが、雑誌が発売されて以降のお客さんの入りがエグい角度で上昇していた。


 人口の多い王都ペルセフォスにあるカフェ ジゼリィ=アゼリィなら分かる数だが、王都と比べて少ない人口のソルートンでこの入りはすごい。


 確かに並んでくれているお客さんを見ていると、皆手にジゼリィ=アゼリィが載った雑誌を持っている。



「師匠、雑誌の影響もあるでしょうが、ソルートンは昨日から大きく人の流れが変わる乗り物が完成しました。そう、これからは魔晶列車に乗ってソルートンに来る観光客の数も計算に入れないとなりません」


 商売人アンリーナが地図を見せてくれ、昨日ソルートンに完成した魔晶列車の駅を指す。


 そしてその指を西側にゆっくりずらしていく。


「さらに、魔晶列車の駅が完成したことによって、今まで野原だったこの地域が新興住宅街として開発が進んでいます。サーズ様もおっしゃっていましたが、ソルートンの人口は今までの倍以上に増え、さらに増加中。おそらく今までの混雑マニュアルでは対処出来ないことが増えるかと」


 そうか、駅が出来たから、今まで手付かずだった地域が開発され始めたのか。


 人口増加によるマニュアルの書き換えか。嬉しい悲鳴だぜ……。



「兄さん、俺が行きます」


 これは俺の計算の甘さが招いた事態。俺が責任を取らなくては。


 宿の主力である料理人軍団を買い出しに手間を割かせるのは得策じゃあない。


「え、いや、とても一人で買い揃えられる量じゃ……」


「ほっほ、こんなことで王が動くこともあるまい。お金とやらを支払い、商品を持ってくればいいのだろう? わらわがやろう」


 イケボ兄さんの持っていた買う食材のメモを見ると、確かに力自慢の男が数十人集まらないとこなせないような購入量。


 どうしよう……そうだ暇そうに食堂でたむろってる世紀末覇者軍団を連れて行こうかと思案していたら、背後から女性の声。


「ア、アインエッセリオさん……では二人で……」


「一人で充分だ。わらわを舐めておるのか? 馬車の二つぐらいなら余裕で持ち運べるガール登場、かのぅ。ほっほ」


 アインエッセリオさんって結構人間っぽいジョークも言うんだな……。



 よく分からないがやると言って聞かないので、とりあえず売っているお店の地図とこれを店員さんに渡せば大丈夫なように、お金と買う物の個数を書いたメモをお店ごとに小分けした袋に入れ持ってもらう。


 ……確かに蒸気モンスターであるアインエッセリオさんに人間の文化を知ってもらうのには丁度いいお使いだろうか。


 買う量が尋常じゃないので、様子を見て途中から俺&世紀末覇者軍団が参戦だな。


 アプティだって最初は結構おかしな言動をしていたが、今では普通に人間の文化に馴染んだしな。


 お金で物を買う、つまり、お金があれば蒸気モンスターの命を繋ぐアイテム『魔晶石』を買えるんだと体感してもらえるのかも。



「ほっほ、待っていろ、王の信頼を一気にこの手につかみ、わらわに惚れるレベルまで急上昇……この台車とやらを借りるぞ──」


「俺たちも途中から手伝いますので、まずは試しに一回……」


 俺が喋っている途中でアインエッセリオさんが残像を残し消え、直後に俺の目の前にドカンと荷物が積み上がった台車が置かれる。


 ……え?



「まずは近いところからかのぅ。次はこっち──」


 台車を見ると、注文した通りの塩と油が積まれている。


 え、マジ? 



「──ほっほ、ちょろい、ちょろいのぅ──」



「──こんな軽い物に人間は苦労しているのか。ほっほ、ちょっと休憩──」



「──これで全部かのぅ。どうだ王よ、惚れたか? わらわに惚れたのか?」



 ビュンビュンとアインエッセリオさんの残像が現れては消え、次々と食材が積み上がっていく。


 す、すげぇ……ちゃんとお金も払って、瓶に入った割れやすい物はショックを吸収するように動き実に丁寧に素早く買い物をこなしている……。


 途中いきなり俺の真横に現れ腰に抱きついてきたのはビビったが……。



「す、すごい……全て注文した通りの物を全部……」


 呆けていたイケボ兄さんが慌てて食材が積まれた台車を確認し、メモと照らし合わせ驚いている。


 俺が見た限り、体力自慢の男が数十人で手分けしてお店を巡ればなんとか……一時間強あればいけるか……ぐらいの物量だった。


 それをアインエッセリオさんはたったの数分で、一人でこなしてしまった。



「う~わ……人間離れした馬鹿力の平和利用ってやつかね~あっはは~……」


 ラビコも驚きを隠せない顔。


「ふぁ……す、すごいです……」


 ちょっと心配そうに見ていた宿の娘ロゼリィも言葉を失っている様子。


「ニャッハハ、こりゃあすっげぇな。まるで魔晶列車が最高速度で駆け抜けた感じじゃねぇ?」


 猫耳フードのクロがすっげぇ楽しそう。



 そういや初めて王都に行こうとしてはぐれ龍に襲われたとき、魔晶列車から落っこちそうになった俺をアプティが列車と同じ速度で走り助けてくれたっけか。


 ……もしかして蒸気モンスターである彼ら彼女らは、魔晶列車並みの速度かそれ以上で普段移動しているってことだろうか。


 寝ている俺を銀の妖狐の島に運ぶとき、アプティは普通に海の上を走ったそうだし……。



 ふーむ……魔晶列車並みの速度で、しかも入り組んだ街を……つまり地形の高低差、陸地・海などの影響無しで高速移動出来る、か……。



 銀の妖狐は島の特産物を売り人間のお金を得、魔晶石を買うサイクルを手に入れた。


 ではアインエッセリオさんは……? 


 どうにも銀の妖狐とは仲が悪く、絶対に同じことはしたくないと言っていたが、ある程度の重さまでなら的確に持ち運べる高速移動……。


 この強みを活かせば、アインエッセリオさんの集団も自分でお金を稼ぎ、魔晶石を買うサイクルを作れるのでは……。




 そう、こういう商売を俺がいた世界ではこう呼んでいた。



「──宅配便……」












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