第396話 冒険者カードの秘密様




「うわ、でけぇ!」




 お城から歩いて十分ほどのところにあるペルセフォス王都冒険者センター。



 クロの冒険者カードが割れてしまったからと来てみたが、見上げる高さの建物がそこにあった。


 さすがに人口が集中している王都の冒険者センターはでかく、規模がソルートンの比じゃねぇ。そうだな、俺が日本で通っていた高校の校舎二個ぐらいだろうか、って分かんねーだろうが、まぁなんとなくそれぐらいの大きさ。




「セレスティア王都の冒険者センターもこンな感じだな。人気ある街とか都市ってのは昔っから冒険者が多く集まるからよ、建物の規模もでけぇンだよ」


 俺がソルートンの冒険者センターとの規模の違いに驚いていたら、クロが解説を入れてくれた。


 そうか、セレスティア王都の冒険者センターもでかいのか。ちょっと興味あるなぁ。


 冒険者センタースタンプラリーとかあったら、エロ本探しのついでに俺笑顔でやっていると思う。



 簡単に冒険者センターってのを説明すると、俺みたいな冒険者として登録している人がお仕事を貰いに行く場所。


 ラビコのような有名人になれば冒険者センターなんぞに行く必要もなく、名指しで高額案件が舞い込んでくる。だが俺みたいな無名ド新人で街の人クラスは、簡単にそこそこのお金が貰えるお仕事を自力で必死に探すしかないのさ。


 掲示板やらにいっぱい依頼内容が書かれた紙が貼り付けてあるので、条件に合ったお仕事をカウンターで受け、完了すれば晴れてお金が貰える。迷子のペット探しに重い荷物を持つ買い物の手伝いからモンスター討伐までなんでもある。


 暇な時は、冒険者センターに行って掲示板を眺めているだけでも楽しいのだ。


 施設としての利用も出来て、美味くはないが安く食べられる食堂にトレーニングルーム、さらには温泉なんかを完備しているところもあるそうで、旅のついでにあちこちの冒険者センターに立ち寄るのも面白そう。




「私、騎士を辞めてソルートンで先生と暮らす予定なので、今のうちに冒険者カード作っておこうかなぁ」


 俺の左腕に絡みついてきたのは、ペルセフォスの騎士であるハイラなんだが……なんで騎士辞めて俺と暮らす予定になっているんだ。



 愛犬ベスをロゼリィに預け、クロに付き合って冒険者センターに行こうとしたら、ハイラがクロの護衛としてついてきた。サーズ姫様に指示されたんだと。


 クロはセレスティア王族だし護衛はあるのが当然ではあるが、そのわりには俺にべったり抱きついて離れないんだが、一体何を護衛しているのかなハイラ君。



「ハ、ハイラは国を代表する騎士なんだから冒険者カードはいらないだろ。騎士のほうが安定してお金貰えるだろうしさ。それとクロの護衛なんだから俺にくっついていないで、クロを守ったほうが……」


 レースで優勝し、ウェントスリッターになったハイラには無期限で国から報奨金が毎月出ているらしいし、冒険者なんぞやるよりは毎月きっちりお給料貰える騎士のほうが待遇いいだろ。



「先生、世の中お金じゃ手に入らない物があるんです。確かにお金は大事です、でも私はお金が欲しくて騎士になったわけではなく、勇者様に憧れて騎士を目指したのです。そして私にとっての勇者様は先生で、先生がソルートンにいるのなら私は至急ソルートンに行かなければならないのです。護衛に関しては、クロックリム様の正体は私達しか知りません。周りから見たら普通の冒険者さんを、私が過度に守っていたら余計に目立ってしまいます。なので私は先生と二人、仲の良い夫婦の休日を演じつつクロックリム様を守っているのです」



 俺がハイラの護衛のやり方に苦言を呈したら、キッと真面目な顔で長文の持論を展開された。


 な、なるほど……だからハイラの服装は騎士の制服ではなく、まるでデートで着るような可愛らしい物だったのか。


 俺とデートしているふうに見せ、むしろ注目を浴びることで逆に隣にいるクロから視線を……ってマジかよそれ。


 半分納得しかけたが、絶対ウソだろそれ。


 あぶねぇ……最近ハイラは頭回るようになったのか、ってそういやハイラって騎士学校トップで抜けてきた才女だった。むしろ得意分野か。


 お金に関してはまぁ同意。


 至急ソルートンに行かねばなんたらは意味不明。




「ブッ……ニャッハハ! 面白れぇなこの子! 仕事の体裁ビシっと整えつつ、そしてそれに飲まれること無くしっかり自分の意見言える芯のあるいい女じゃないか! アタシ好きだなぁ、この子。つかさ、キングの周りって面白ぇ人材の宝庫だな。ニャッハハ!」


 クロが爆笑しつつハイラの頭を撫でる。


「あ、ありがとうございます! わ、私はペルセフォスの騎士でありますが、その前にハイライン=ベクトールという名の、恋する一人の女です! 先生との出会いは運命であり、このチャンスは絶対に逃したくないです! 私は本当に先生が大好きで、心から愛しています!」


 ハイラがザっとクロというセレスティアの王族に敬礼をしたが、言っている内容は俺への告白じゃねーか。


 どう処理すれっていうんだ、これ。


「おう、いいぞぉ。そういう真っ直ぐな感情は心の強さになるってもンだ。しかし本当にキングってモテんのな。アタシなンてメンバーで一番遅い加入だからよ、ライバルが多すぎて笑いしか出てこねぇよ。わりーけどハイラ、アタシもキングを本気で狙ってっからよろしく」


 よく分からんが、クロがハイラを気に入ったようだ。


「え、あの、えええええ……! お、おかしいですよ、なんで次々と増えていくんですか先生! これはもう浮気です!」


 彼女なし童貞の俺がどうやったら浮気ができるんだよ、ハイラ。


 浮気に辿り着くまでの順番ってやつを冷静に考えてくれ。




 それよりさ、早く冒険者センターに入ろうぜ……入り口で夫婦だの愛だの浮気だの男一人と女二人のグループが揉めているから、王都の冒険者さんの注目の的なんだが。


 もしかして俺って、一箇所に長居すればするほどその場所での評判が落ちていくんじゃ。








「お待たせいたしました、クロックリム・Sさん。新しいカードをお受け取り下さい」



 二人の手を引っ張り冒険者センターに無理矢理突入。


 カウンターでクロが事情を話し、十分間ほどでカード再発行の手続きが完了。かかった費用は二十G、日本感覚で二千円ぐらいだろうか。



「クロックリム・S? そういう省略でもいいのか、冒険者カードって」


 出来上がったクロのカードを見せてもらうが、セレスティアではなくS、か。


 まぁお忍び中だし、セレスティアの名前は出せないか。


「ああ、これって基本下の名前だけでも登録出来ンだぞ。世の中には上の名前が無い人もいっからよ」


 そうなのか。


 そういえばラビコがそうか……ラビィコール、だけだもんな。



「お、やっぱクロは職業魔法使いなのか。いいなぁ、俺なんて街の人なのに……はぁ」


 クロのカードの職業欄には、バッチリ魔法使いと書いてある。


 羨ましい、せっかく異世界に来れたんだから憧れの魔法を使ってみたいもんだ。


「ニャ? ああ、そういやキングって冒険者カードでの区分は街の人なのか。あれじゃね? キングの王の眼、千里眼の力って規格外過ぎてこの世界の冒険者レベルには収まらねぇってことなンじゃ。もしかして別世界の能力だったりして、ってありえねーか。ニャッハハ!」


 俺が自分の冒険者カードを暗い顔で見つめ溜息を吐いていたら、クロが爆笑しながら肩を組んでくる。


「は、はは……ク、クロはユーモアのセンスがあるなぁ。はは……」


 肩をガクガクと揺らされつつ、俺は見事に図星つかれて半笑い。


 ラビコと出会ったばかりのころ、蒸気モンスターってのはこの世界由来の存在とは思えないほど規格外の力の持ち主なので、別の世界から来たんじゃないのか、と考えているとか言っていたか。


 まぁ、今のクロも飛び抜けた力ってのは他のとこから来た力なんじゃねーの? 蒸気モンスターでそういう考えあるし、って意味で言ったんだと思うが、俺ビックリして心臓バックバク。



 ええ、俺、異世界から来ました。




「先生は誰がなんと言おうと私の勇者様なんですから、冒険者センターが決めた区分なんてどうでもいいんですよ! 実際ほとんどアテにならないですし! 冒険者センターで使う才能計測器具は単にその人の現時点での内在魔法力を色で測って、その色に一番近い職業に当てはめるだけのインチキ……んぶーっふ、あ、先生そんな、こんなところで襲わなくても後でゆっくり裸で抱き合い……」


 ハイラが突如キレて冒険者センター内でインチキ呼ばわりし始めたので、俺は慌ててハイラの口を塞いだ。


 俺のフォローをしてくれたのは嬉しいが、敵を作るな……。そして裸で抱き合うことはしない。鬼がこえーし。





「し、失礼しました……ちょっと興奮してしまいました……。お、王都の冒険者センターはとても優秀なんですよ、えーと、そ、そう温泉がありますし!」


 施設内にある食堂に逃げ込み紅茶をいただく。味は普通以下。


 飲み物を口にして落ち着いたハイラが謝ってくるが、温泉があるから優秀ってどういうこっちゃ。



「お、温泉か、すごいんだな王都は……で、そういえばさ、クロの冒険者カードの魔法使いのところに数字表記があったけどさ、あれってレベルってことか?」


 とりあえず話題を変えようと、さっき見たクロの冒険者カードの話をすることに。


 たしか「魔法使い:27」って書いてあったが。


 クロは基本魔法使いで、さらには魔晶銃なんていう魔法武器も使うハイブリット王女様。銃とか格好いいよな。羨ましいなぁ、俺ってなんの武器も持てないんだよなぁ。


 ああ、物理的に持つことは出来るが、使いこなせないってことね。



「これは冒険者センター基準の職業レベルってやつだな。ハイラも言っていたが、マジでアテになンねーけどな、これ。ニャッハハ」


 もう冒険者センターのフォローは諦めよう。


 クロもハイラと同じこと言ってきたし。


「レベルなのか。へぇ……」


 我が自慢の冒険者カードを改めて見るが、そういえば「街の人:1」と表記されている。


 よく分かんねーから印刷ミス的な縦棒でも入ってしまったのかと思っていたが、これよく見たら数字の「1」だ。


 そうか、俺って街の人の中でも初期レベルの「1」なんだ……気が付きたくなかった……。


 いや落ち込むことなかれ。「1レベル」っていうんなら、上げればいいだけの話。最初なんてポンポン上がるんだから、俺の街の人の未来は明るい!



「でも、このカード作って結構経つけどいまだに「1レベル」なのおかしくね? 結構蒸気モンスター倒したりしたけど、あ、ベスか倒したの……ああ、そうか……」


 さらに事実に気が付いて俺テンションダウン。


「これって冒険者センターが提示するクエストとか実績条件クリアで上がるやつだぞ。こないだの千年幻倒した、とか分かりやすい証拠がありゃー無条件で上がンだよ。まぁ普通はコツコツとクエストこなしてポイント貯めるけどな」


 クロが俺のカードを覗き込みながら言う。



 千年幻か。


 あれってラビコの実績になっているからなぁ、今の俺にはそういう実績はないか。


 あ、俺ソルートンでキモい銀の妖狐とかいう蒸気モンスター追い返したけど、あれは……倒してないからだめなのかな。


 まぁいいや、ポイント貯めればレベル上がってスキル取得で魔法とか使えるようになんだろ? 


 よし、ついに俺にも魔法が使えるかもしれないイベント到来だ。


 ちょっと王都に滞在して、ポイントってやつを稼いでみようか。









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