第349話 夢を叶えた先の道と異世界アドバイス様 ──第七章 完──
「俺の家かぁ」
何もない状態で異世界に来て、ついに俺は自分の家を手に入れた。
と言っても、お世話になっている宿の増築した客室を一部屋買い取って改装した程度だが。広さは十二畳ほどの縦長の部屋。ベッドにソファー、テーブルぐらいしか置いていないのもあるが、結構広い。
お祝いとして皆がクッションを贈ってくれ、ベッドにはそのカラフルなクッションが置かれている。
紫がラビコ、白がロゼリィ、黒がアプティ、紅がアンリーナと、なんとなく各人のイメージカラーになっているのか。
さっきまで一階食堂でデザートをいただいてのんびりしていたのだが、揉め事が起きたので慌てて二階の自分の部屋に避難してきた。
増築リニューアルして以降、お店は毎日大混雑で大変なことになっている。
徐々に食堂のメニューを変え、飽きられないように工夫をしつつお客さんの好みに合わせた改変をしているので、料理長であるイケメンボイス兄さんの負担がすごいのだが、それでも兄さんは楽しそうに仕事をこなしてくれている。
根っからの料理人気質だなぁ、兄さん。
王都のカフェのイケボ兄さんの弟であるシュレドはどうしているかなぁ。
ソルートンに来る前にアンリーナが王都に寄って写真を見せてくれたが、ナルアージュさんやスタッフ達に助けてもらい、毎日笑顔で頑張ってくれているとか。
シュレドの夢は人の来ない田舎から都会に出て、そこにお店を持ち、多くの食材と出会い、多くの人に料理を食べてもらいたいと言っていたか。ってことは彼は今、まさにその夢が叶った状態。
夢を叶える為に行動し、それが実を結び夢が現実のものとなった。
こういうのっていざ叶ってしまうと、その後目標を失いどうしていいか分からなくなってしまうのかな、と思っていたが……シュレドのその後の頑張りと楽しそうな笑顔を見て、夢が叶ったことが終わりじゃないんだなと教えられたような気がする。
夢が叶うことは終わりじゃなく、そこから始まる物語なんだ、と。
俺の夢は……まぁ結婚してローン組んで家を買って、愛犬ベス専用のスペース作ってとか、そういう普通の夢は見ていた。
ここまでどういう経緯だったか説明は省くが、俺は今自分の家を手に入れた。
マンションや一軒家ではなく、お世話になっている宿の客室を買ったとか、願っていた元いたところではなく世界違いにはなったとか、些細な問題を抱えてはいるが。
なんにせよ、夢の一つが叶ったわけだ。
それ以外? それ以外の夢は、そうだな……
「……マスター、紅茶が入りました」
「お、ありがとうアプティ。うん、うまいぞ。さすがアプティだ」
部屋のソファーに腰掛け、窓の外をぼーっと見て思案にふけっていたら、バニー姿の無表情娘、アプティが紅茶を入れてくれた。
アプティは自身が紅茶好きなだけあって、彼女の入れてくれる紅茶は温度から入れ方までこだわった絶品の一杯が飲める。
俺の身の回りの世話を無言でしてくれる大変出来た女性である。実際は人間ではなく、蒸気モンスターという種族になるが。でもまぁ美人さんで、戦闘能力も半端ない。
よく分からないが俺の側にいてくれ、俺を守ってくれる。
難点は、どんなに頑丈で最新式の鍵をかけようが、それをものともせずに普通に部屋に入ってくること。朝起きたらなぜか横に居て、優しく起こしてくれる。まぁ、露出多めだし、いい香りするからいいけど。
「それでですね、師匠。こちらの新たな計画書を御覧ください。まずは部屋の半分を埋める形にはなりますが、二人の愛が輝くときには必需品の大きなベッド……」
目の前にはなにやらこの部屋の設計図を振り回し、鼻息荒く巨大なベッドの必要性を演説する商売人アンリーナがいる。
なんで毎回そんな巨大なベッドを導入したがるのか。
アンリーナには王都のカフェや、このソルートンの宿の増築で大変お世話になっているのではっきりとは言えないが、部屋を埋め尽くすベッドなんぞ、いらん。
「棚の端から十六センチ、奥から三センチ……と。ふふ、変化無し、合格です」
壁に飾り棚があり、そこに二冊の本を並べて置いているのだが、この宿の一人娘ロゼリィが、部屋に来るたびに定規持参で本が前回計った位置からズレていないか確認していく。
本は一冊がなにやら国宝クラスの魔法の本、オウセントマリアリブラというもの。まぁ、とっても貴重な物らしいし、置いてある場所が変わっていないか確認するのも分かる話である。
もう一冊はエロ本。
アプティが自分でお金を稼ぎ、感謝を込めて贈ってくれた貴重品だ。それがなぜかロゼリィによってこれでもかと紐で巻かれ、中が見れないようにされている。
見れないエロ本って価値無いよな……。
しかし欲に負け、その紐の封印を少しでも解こうものなら、禍々しいオーラを放つ鬼の説教が朝までコースで待っている。はっきり言って恐ろしい。
二冊のうち、おもにエロ本さんの位置を正確に測り記録している。
ミリ単位以下の厳しい査定があり、それに合格すればこうして定規片手のロゼリィの笑顔が見れる。
彼女の持てるボディーは一級品で、はっきり言ってエロ本なんかより見たいのはロゼリィの裸である。
以前、夢叶い、ラビコの研究所で一度美しい一糸まとわぬ姿を見れたが、あれはいいものだった。また見てぇなぁ……しかしエロには厳しいロゼリィ。もう見れる機会はないのかなぁ。
「ツマミ持ってきたぞ~さぁ飲むぞ~あっはは~!」
一階の食堂から買ってきたと思われるお刺身セットや焼いたお肉、カゴ一杯にお酒を詰め込み、水着魔女ラビコが爆笑しながら部屋に入ってくる。
ちなみに部屋の鍵は掛けてあった。
一階での騒ぎから逃げるように自分の部屋に逃げ込んだのだが、普通にアプティが付いてきて、建設を請け負った責任者だからと、俺の部屋の合鍵を使ってアンリーナが入ってきた。
さらにこの宿の後継者だから、施設の合鍵は全て持つ権利があるのですとアンリーナから貰った合鍵でロゼリィが入ってきて、アンリーナを買収して手にれた合鍵を持ったラビコが今、入ってきた。
ラビコはさっき食堂で過去の自分を語り、少し気が落ち込んでいたようだが、もう頭を切り替えて飲む気満々っぽい。俺の部屋で。
そう、最初に言ったし、念の為もう一回言うが、ここは俺の家、俺の部屋である。
「ラビコ様、お酒以外はないのですか? あ、では私が一階から買ってきますね」
机に並べられたお酒の数々を品定めをし、アンリーナがジュースやお茶を買いに一階へ走っていった。
皆に問いたい。
俺の家っていうのは、誰でも入れるフリースペースってことなのか? いや、ここはいわゆる異世界なわけだし、俺の常識が通用しないのも分かる。
にしても、ここまでプライバシーフリーとは……。
「俺の家、俺の部屋……ここは俺達家族がくつろげる場所、そうだよな、ベス?」
「お待たせですわー! 追加料理をたくさん持ってきましたわー」
俺がこの世界で唯一の家族、愛犬ベスをぎゅっと抱いて心を保とうとしていると、さっき出ていったアンリーナが料理のいっぱい乗った大皿片手に戻ってきた。は、早くないか?
「うわーここが隊長のお部屋ですかー。あは、男の人の部屋って初めて入りました。あ、これが噂のエロ本棚ですか」
「へい、ジゼリィ=アゼリィ宴会料理お待ちぃ、なのです。おお、男の人のお部屋なのです。セレサ、隊長のエロ本棚はあとで見るとして、テーブルを広げるのです」
アンリーナに続き、この宿の正社員になったポニーテールが大変可愛らしいセレサに、その持てるボディはロゼリィクラスのオリーブが料理を持って現れた。
簡易テーブルまで持ってきていて、俺の部屋で宴会する気かよ。そしてなぜエロ本が置いてある棚を確認するのか。
「ま、待てオリーブにセレサ。ここは俺の部屋であって、誰でも気軽に入れるオープンスペースじゃないし、宴会部屋でもない。部屋の主は俺なわけで、へいお待ちぃ、とか言われても俺は料理を頼んでいない。この神聖な場所は俺が一人静かに自分を見つめ直し、自己鍛錬をする静寂の間であって……」
「ベスちゃん、はい! 大好きなリンゴをいっぱい持ってきましたよー」
俺の言葉も聞かず、セレサがリンゴが山盛りになったお皿をベスの前に笑顔で置いた。
「……! ベスッ! ベスッ!!」
それに見事に反応した愛犬ベスが俺の腕を振り切ってリンゴの元へダッシュ。
「あ……ベス……裏切りやがったな! 何簡単にワイロに乗ってんだよ!」
「あっはは~な~にが自己鍛錬をする静寂の間だ、だよ~。単に一人で処理する行為を安心してしたいだけだろ~? もうそういうのは諦めてさ~堂々と皆の前でやっちゃえばいいのさ~あっはは~」
背後からすでに飲んでいる水着魔女ラビコが抱きついてくる。
そういうのは諦めてって、それは人間を諦めるってことか? 越えちゃいけない一線だろう、そこは。人として。
確かに部屋が欲しいってのは、その目的もあった。
誰が見ていようが自己処理出来る豪傑なら自分の部屋自体なくても大丈夫だろ。俺には無理な、武闘家への遥かなる道である。
「……マスター、一度あれをお見せになるというのも悪くないかと……あの脅威のたくましさに惚れる女性もいるかもしれません……」
背後からボソっとアプティが呟く。
色々とツッコミどころ満載なんだが……まずアプティに何度か見られているってことね。
そして一人でしている様を見せられたことがキッカケで惚れる女性なんて、この世にいない。ああ、断言する。
例えここが異世界で、少々俺の常識が通用しないかもしれないことを加味しても、ありえないだろ。
あと俺のやり方はなんか間違っているのか? 脅威のたくましさって……。
「ぶっ……あっはは! 脅威のたくましさだって~! うわ~見たいな~それ、どういうやり方してんの? もしかして社長って特殊な性癖持ち? ほらほら社長~宴会開始の余興として一発見せてもらおうかな~みんな~手伝って~あっはは~」
ラビコが爆笑しながら俺のズボンに手をかけてきた。
異世界に来て、ゼロから始めて、ついに自分の部屋を手に入れた感慨にふけっていたのに、どういう流れで俺が一人慰みショーをせにゃならんのだ。
「ど、ど、どういうふうにするのでしょうか……。見たことがないので、ぜひ見てみたいです……」
ラビコの悪ノリを本気にしたロゼリィも俺のズボンに手をかけてきた。マジか……俺の中ではロゼリィは清純派だったんだが。これも全てラビコのせいだ。あいつ、純情だったロゼリィに妙な知識与えやがって……。
「足を押さえますわ! セレサさん、オリーブさんは背後から師匠の手を押さえてください!」
目に輝きを灯したアンリーナが瞬時に俺の足に抱きついてきた。
「わ、分かりました!」
「了解なのです! これはチャンスなのですセレサ! せーのっ……!」
アンリーナの指示を受けたセレサとオリーブが、背後から左右の腕に抱きついてくる。ぐぐ、両手に伝わる柔み……状況的に逃れたいけど、この柔き物からは逃げたくない心理。
「や、やめろ……! パワーあり過ぎだろお前ら!」
助けを求め愛犬ベスを見るが、ワイロのリンゴに夢中でこっちを見向きもしない。アプティも無表情で俺の股間に注視。あかん……。
「動きが止まりましたわ! 今ですラビコ様!」
逃げ場なし、味方ゼロ。
諦めの境地ではあるが、せめてもの抵抗にと、両腕に伝わるセレサとオリーブのお胸様の感触を最大限味わう方向で脳内の俺と下半身の俺との意見が一致した。
アンリーナの声とともに女性陣の視線が一気に俺の下半身へ。
そうだ、夢の話がまだだったな。
俺が将来叶えたいと思っていた、家を買う以外の夢は、異世界に行きたい、だったな。そしてそれは叶った。つまり、俺の物語はここから始まるってことだ。
異世界というところは決して安全ではない。
日本の常識が通用しないことが多々あるし、モンスターによる命の危険もある。
異世界ってんだから、夢で溢れているんだろと思っている紳士諸君。それは思い違いである。この世界にも生き物が住んでいて、彼等は日々を必死に生きている。
どこの世界だって変わらない弱肉強食の世界。
甘く見ていると大変な目に会うぞ、と。
これがいつか来るであろう紳士諸君に贈る、異世界にちょっと住んだ経験を持つ先輩、俺からのアドバイスだ。
あと、異世界にプライバシーなんてない。これを強く言葉として残しておきたい。
というか、この声が届いているんなら至急助けてくれ。
頼む……今俺、股間フルオープンの危機なんだ。なんか知らんが異世界って女性陣が力強過ぎるんだって!
「あっはは~! せ~の……そりゃあ~!」
あ……手遅れですわ……。
時刻はお昼手前。
よく晴れた空を苦労して手に入れた自分の部屋の窓から眺め、俺は少し微笑み目を閉じる。
「うっはは……すっご~!」
異世界とは、とても恐ろしいところである──
──7章 異世界転生したら俺の家が出来たんだが 完──
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