第196話 むせる最後の夜様


十三時過ぎ。補給の終えた船がついにソルートンへ向けて舵を取る。



「オホン、皆様これよりついに本艦はソルートンに向け進撃を開始いたします。明日の夕方に作戦ポイントに到着予定、なので今夜が最後になります。いいですか、今夜が最後のチャンスなのですよ!」




 アンリーナが随分熱のこもった航程の説明を始める。


 なぜか俺をじっと睨み、時折ウインクをしてくる。



 そうかついにソルートンに帰れるのか。今回は初めて他国に行くことになったが、やはりご飯がネックになったな。これはケルシィでもジゼリィ=アゼリィの出店で成功しそうな気はするが、まずは王都ペルセフォスの出店の動向を見てからの判断になるか。


 王都の話がうまく行けばいいなぁ。


 それにはシュレドの腕がかかってくるか。とりあえずしばらくはジゼリィ=アゼリィでイケメンボイス兄さんに鍛えてもらって、その間に王都のお店計画を進めないとな。これはアンリーナのお店との共同出店の話で進める予定だから、アンリーナに今後も相談だな。


 王都か、ハイラ元気かなぁ。サーズ姫様の特訓で悲鳴上げているんだろうか。








「旦那ちょっといいか」



 夕食を終え、部屋に戻ろうとしたらシュレドに呼び止められた。


 個人的な話というので、俺の部屋に入ってもらうことに。



「その、なんだ……わざわざ遠くまで俺を誘いに来てくれたことのお礼が言いたくてな。ホント、あのままあんなクソ田舎でぼんやり無駄な時間を過ごすところだったぜ」


 シュレドが部屋のベスを撫でながらお礼を言ってくる。


「いや、いきなり押しかけたのによくついてきてくれたと、こちらがお礼言いたいぐらいだよ。よく分からない俺みたいな子供からの話だったのに」


 俺がシュレドの立場だったら信用出来なくてついていかないだろうと思う。


 やっぱ兄弟であるイケメンボイス兄さんの手紙が効いたか。


「まぁさすがに最初は驚いたけどな。でもボー兄さんの手紙があったし、俺にだって夢があったしよ。いつか世界最高の料理人になって、でっけー街でお店出したくてよ。そしたらいきなり叶いそうでびびってるぜ、へへ」


 シュレドがいい笑顔で言う。そうか、その夢を叶えるには王都なんて最高のステージじゃないだろうか。


「王都はでっかいぞー? 人もわんさといるし、当然ライバルも多い。その中で勝ち上がって行かなきゃいけない厳しい場所だぞ、王都は」


「舐めんなよ、俺は世界最高の料理人になる男だ。倒す敵は多いほうが燃えるってもんだ。全員ぶっ倒して一番になってやるのさ!」


 鍛え上げられた筋肉を俺に見せつけてくる。


 いいね、実に頼もしい発言だ。それぐらいの意気込みがないとライバルの多い王都ではやっていけないだろうし。



 ポーズが決まったシュレドが急に俺に近寄ってきて、耳に口を近づけてくる。なんだ?



「その……それで相談なんだが、俺もいい加減彼女……が欲しくてな……誰かいい人いないかな……なんて! なーんてな! わはは」


 最後いつもの大声に戻ったもんだから、俺の脳が激しく揺れたぞ。


 シュレドが顔を赤くしてもじもじし始めた。


 え、シュレドすっげーイケメンだし、てっきり彼女なんてすでにいると思ってたが。



「あのな、そういうの年下に相談することじゃないだろ……俺だって彼女欲しいんだし」


 俺の言葉を聞いたシュレドがポカンとした顔になる。


「は……はは……わはは、冗談はよせって旦那! あんな美人四人もはべらせて何言ってんだ。ああ、本命が決まってないって意味か? あー……それは迷うよな。でもペルセフォスは何人と結婚してもいいんだろ? 迷う必要ないだろ、わはは!」


 そういや列車の中でそういう話をしていたな。一夫多妻か……どうにもペルセフォスという国はドリームワールドらしい。実際にそれやったらすっげー大変そうだがね……。



「俺の話は置いておくとして、彼女ってもなー。まずシュレドの好みはどういうのなんだ?」


「え、あ、ああ。そ、そうだな……その、なんだ、かわいくておとなしい感じかな……色白美人とか最高かな! なんつーか隣で静かに微笑んでくれる女がいいな!」


 照れながら笑うが……あれ、シュレドって見た目ワイルドマンだから、それ系の女性が好みかと思ったら結構ピュアな男じゃねーか。


 おとなしくて隣で静かに微笑んでくれる女性か。ロゼリィなんか当てはまるのかな……あ、いやロゼリィは鬼の覚醒があるか……。あれマジ怖い。


「王都は人も多いし、出会いも多いと思うからチャンスはあるんじゃないかな。いつか夫婦で王都のカフェジゼリィ=アゼリィを経営してくれることを信じているよシュレド」


「よ、よ、よ、よ、よせよ! ふ、夫婦でお店経営とか最高じゃねーか! うはは! やっべー顔赤くなってきたー!」


 俺が気の利いたこと言うと、シュレドが見事に反応し顔が真っ赤になった。なんだよ、女性の好みといい、結構ピュアな男なのか。


 それはいいが、興奮したシュレドが俺の肩を掴んで前後に振るもんだから脳が揺れて視点が定まらないんだが。


「うはは……おっと……」


 力加減を間違えたシュレドがバランスを崩し、俺のほうに倒れてきた。


 ごっは、シュレド身長あって筋肉すごいから重い……。




 ガチャ




「!?」




 いきなり俺の部屋のドアの鍵が開き、マスターキーを持った背の低いヒラッヒラの薄い服を来た女性が静かに部屋に入ってきた。


「ち、ちょっとお時間は早いですが、長くゆっくり楽しむのもいいものかと思いまして来てしまい……」


 その女性がシュレドと抱き合う俺を見て絶句。



 むせる。



「い、い、い、いやぁああああ! なんで不良筋肉男と抱き合って……! し、師匠……もしかしてどっちもいけるお人……!?」


 やべぇ、なんでこうアンリーナはタイミングが悪いんだ。


 行きのときもこんなことがあったような。


「ち、違うわ!! シュレドの好みの話を聞いていた……」


「こ、こ、好み!? 攻めなんですか!? しかも師匠が攻めなんですか!?」


 攻め? 何の話だ。とりあえず起き上がろう……。




「うわっ……何事かと思ったらやっぱりトラブってるし~しかも随分面白い状況じゃないか~。まさか男にも手を出すとか予想外さ~あっはは~」


 騒ぎを聞きつけたラビコが様子を見に来たが、面白がる方向で決めたらしい。



 ロゼリィとアプティもやってきて、鬼と化したロゼリィに正座説教を食らうかと覚悟したのだが今回はなかった。


 俺とシュレドを見比べてあらぬ方を見てニヤニヤするだけだった。












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