第189話 料理人確保様
「あの、何か食べ物注文してもいいですか?」
俺が言うと男は嫌そうな顔になる。
「あー? この吹雪に何が食いてーんだよ。あー、朝作った豆スープならあるか。それでもいいなら出すが?」
うーん、結構怖い人なのかな……イケメンボイス兄さんはすっごく優しいから、そういう人を想像していた。
でも……これ言ったら怒られそうで悪いんだけど、イケボ兄さんよりかなりのイケメン。歳は二十代中盤だろうか、彫りの深い顔だが格好いいなぁ。
「お、お願いします」
テーブル席に全員座りその豆のスープを待つ。
「ホラよ、豆スープ。その犬、牛乳は大丈夫か?」
「あ、はい。たまに与えてますが、好物のようです」
人数分の豆スープがテーブルに並ぶ。
ベスにはあったかい牛乳。あれ、わざわざベスの分まで考えてくれたのか。
出てきたのは予想外の赤い豆のスープ。
これトマトスープか、具も結構入っている。豆に玉葱に大根に何かの肉に葉物の茎。香りも食欲をそそる。美味しそうだぞ、これ。
「うわーあったかいスープ嬉しいです。それに美味しそうです」
ロゼリィが出てきたスープを見て、ニコニコと笑顔になる。
うん、これ美味しそうだしな。王都の途中で食べた、薄い塩スープに数個豆が浮いた物とはレベルが違う。
スプーンで一口、おお……うまいぞこれ。
トマトの酸味とダシの効いたスープがバランス良くまとまっていてうまい。お肉もかなり柔らかく煮込んである。
「うま~、あっはは~これ美味しいよ~」
ラビコも笑顔になる。うん、さすがイケメンボイス兄さんの弟さん、腕は確かだ。
「ん~? 見たことない奴らだな。よく見たらすげー美人揃いじゃねーか、何者だ? お前等」
男の人が不審そうに俺達を見てくる。
まぁ、この町……観光で来る人も少なそうだしな。
俺はイケメンボイス兄さんから預かった手紙を出し、男に渡す。
「ペルセフォスのソルートンという街にあるジゼリィ=アゼリィという宿屋から来ました。今度王都ペルセフォスにカフェを開こうとしていまして、そこで腕をふるってくれる料理人を探しています」
俺の手紙を受け取った男は怪訝な顔で手紙を開けるが、中を読むと表情が一変した。
「あれ、これボー兄さんの手紙……。そうかソルートンの宿って兄さんが働いているところか。お前等ペルセフォスからよくこんなド田舎まで来たな。かなりの距離あるだろ」
男の表情が優しくなった。
良かった、イケボ兄さんの手紙は効果大だぞ。
昔はこの弟さんにイケボ兄さんが料理習っていたっていうし、今でも手紙のやり取りしているから仲がいいんだろう。この表情の変わりようで十分伝わってくる。
「はい、それだけ本気ということです。信頼する宿の料理人にあなたを紹介され、ここまで来ました。この豆のスープ、きちんと美味しくなるように工夫されていて、あなたの料理の腕はレベルが高いと判断出来ます。こんな子供に量られるのは嫌かと思いますが、あなたの料理の腕をもっと多くの人に知って欲しい、そしてあなたの料理を食べた多くの人の笑顔を見て欲しい」
ここがチャンスと俺は言葉を捲くし立てる。
「いきなり押しかけての勧誘は失礼かと思いましたが、この豆のスープをいただいて我慢が出来なくなりました。ぜひ今度開く王都のカフェの料理人になっていただきたい。待遇もいいものをご提供出来ると約束します。この場所にはしばらく戻ってはこれなくなりますが、料理人としてのステップアップと考えてもら……」
「分かった、行こう」
俺の言葉の途中で男はカバンに料理道具を詰め始めた。
あれ……?
「ペルセフォス王都に住めるんだろ? 行くに決まっている。こんなクソ田舎で終わる人生とかやってられっかっての。俺はもっと多くの食材と出会って、多くの人に食べてもらいたいんだよ。こんな願ったり叶ったりのいい話、飛びつかないわけがない」
俺含め、女性陣もさすがにポカンとしている。
あれ、この土地への愛着とかいいんすか。俺としては嬉しいが、今回は顔見せで、しっかり考えてもらって数日後に答えを……と考えていたが……。
「ボー兄さんの手紙にあんたのことがしっかり書いてあったよ。ベタ褒めでびっくりしたが、話してみてなんとなく分かった。その真っ直ぐで澄んだ目が俺の心にストレートに入って来た。あんたの言う、多くの人の笑顔を見て欲しいってのが心にグッときた。あんたについて行く……いやボー兄さんの手紙には若旦那って書いてあったか、俺の雇い主にもなるんだから旦那って呼ばせてもらうぜ。俺はシュレド、そう呼んでくれ」
「あ、はい……」
俺はマヌケな顔で生返事を返すので精一杯だった。
ラビコが爆笑しているが、俺だって笑いたい状況だ。
シュレドがラビコを見て頭を下げる。
「ラビィコールさんですよね! まさか本物に会えるとは……! ペルセフォス王国の国王と同じ権力を持つ大魔法使い……すごい人に会えたぞ」
ラビコと軽く握手をすると次はロゼリィとアプティに頭を下げる。
「宿のオーナーの娘さん、今後ともこのシュレドをよろしく。旦那の奥さんなんですよね? そしてこちらが……兄さんの手紙には『?』って書いてあったけど、よろしくバニーさん」
それを聞いたロゼリィが顔を真っ赤にしてあたふたしだした。
イケボ兄さんに『?』表記されたバニーさんは興味なし、スープの残りをすする。
「いえっ……! ま、まだ奥さんでは……! でもいつかは……!」
「あれ、おかしいな。兄さんの手紙には大きく『奥さん』って書いてあったが……ほら、あんた指輪もしてるし」
それを聞いたラビコ、アプティが左手薬指の指輪をかざす。
ロゼリィも慌ててかざし、久しぶりの三銃士爆誕。
俺は頭を抱える。
「え、あれ……よくわかんねーが、さすが旦那。オーナーの娘さんと大魔法使いとバニーさんを全員
ああ……説明が超絶面倒なんで、しばらくその認識でいいです……。
「なんか予想外に早く話がまとまったから驚きだけど~シュレドはここから出るで納得したんだよね?」
腕を組みながらラビコが聞くと、シュレドが調理道具が入ったカバンを抱えてピースサイン。
「じゃあ~この街に長居は無用かな~着いたとき駅で確認しといたけど~ランヤーデ行きの最終列車が二十二時過ぎに出るらしいからそれに乗ろうよ~」
え、もうこの街出るのか? マルタート着いて一時間ちょいだぞ。
時刻は二十一時半、間に合うが……まぁそれに乗れば明日の午前十時にはランヤーデに着く……行動は早いほうがいいか。
「シュレド、じゃあ急だけどついて来てくれ。ランヤーデから船に乗ってソルートンに戻る。宿の兄さんの元でしばらくジゼリィ=アゼリィの料理を習ってもらい準備を整えて王都に進出する。みんな俺について来い」
俺の宣言に全員がグーパンチを上に突き上げ雄叫びをあげる。
ノリいいな、みんな。
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