第4話 無責任な侮蔑

 絶望とはある程度予測できるのが常だと思っている。

 それでも突き進むのが人間で、そういうように作られたのが人間だと俺は考えている。

 俺もそんな一人というわけだ。


 この世界に来てから死線をくぐらなくなったことにより感は前ほどは冴えない。

 しかしそれでもわかるほどに嫌な予感がする。

 古来より、人は予感することができてきた。

 そしてその予感によって生きながら経てきたものも少なくはない。

 だが引けない状態での悪い勘というものは最悪だ。

 それが今の俺。


 今から、自らの足でおそらく人生最悪の通告を受けるであろうところに向かう。


 そんな俺の感情なんか知らずに向けられる期待。

 俺は、今何人もの人の期待を背負っている。それがどうってことはないが、強い期待が裏切られた時の人は恐ろしい。

 

 その上に俺は最後のようだ。


 息を大きく吸い込み魔法陣の中へと入り、祈りの姿勢をとる。

 知らなかった。

 先ほどは他人事だと思っていたが魔法陣の中へと入るとこんなにも緊張するなんて。

 

 そんな気持ちを知りもせず、神父は期待で満ちた目を向ける。


 「期待しておるぞ。アキレスよ。」


 うるさいなぁ。

 そんなことわかってるんだよ。と言いそうになるのを抑え静かにうなずく。

 そして神父が呪文を唱え魔法陣が光る。

 その光はレティナのものよりも非常に大きかった。

 そしてその光が俺の中へと収束されていく。

 そして、神父はステータスを確認する。


 「これは・・・・まさか?!」


 神父が困惑の声を挙げるのを見て、こちらを伺う皆。神父はその中、言葉を続ける。


 「武器商人じゃと?このようなギフトは見たこともない上に、教会にある恩恵目録にもない。」


 瞬間、伺っていた者たちがザワザワしだす。

 それもそのはず。神父の知らないギフト。その上恩恵目録と呼ばれるこれまで発見された恩恵をすべて記録するものにまで名がないとなるとユニークギフトの可能性が極めて高いからだ。

 ユニークギフトとは、世界に一つしかないギフト。

 中には血筋などに関係するものもあるがそのほとんどが世界に一つだ。

 よって中には強力なものが多い。


 「ユニークギフトだと?!」「流石、素晴らしいですわね神童アキレス様は!」


 様々な賞賛の声が聞こえてくる。


 ユニークギフトなのは確かだろうが悪い予感は一向に収まる気配がない。

 そんな中、神父が声をかけてきた。


 「アキレスよ、武器商人というものが何かわかるかのぉ?」


 「はい。恐らく。」


 ギフトは不思議だ。

 手にしたばかりでも生まれたときから持ってた力のように簡単に操れる。

 それは俺も例外ではなくこの武器商人の使い方がわかる。


 ということで突こうという意思を込める。


 すると俺のもとにノート型の本が現れる。

 これはっ!俺が前世で使っていた武器の目録帖に酷似している。

 しかし、前世の時より明らかに薄い。

 いや、薄すぎる。


 それにこの型の時はまだ駆け出しだったころの目録帖。

 死ぬ前は先生のを使っていたはずだ。

 何かがおかしい。


 しかし、こういうものなのか?


 目録帖を開くと字は俺のより綺麗だが説明の文、またレイアウトはすべて前世の俺の目録帖と一緒だ。


 武器商人・・・・なるほど。


 使い方を本能的に理解した俺はスタンダートな剣(どちらかと言えばボロイ)のページに触れて念じてみる。


 すると目録帖は宙に浮き手に剣を持てるようになった。


 その流れを固唾を飲みこんで見守っていた神父が俺に聞く。


 「おお、武器が現れたがどういうことだ?」


 「どうやらこの目録帖に載っている武器を具現化できる力のようです。」


 まだ詳細はわかりはしないもののそのようだ。

 そのことを聞くと神父が目を見開き尋ねてくる。


 「なに、そういうことならまさか伝説の武器も具現化できるということか?」


 周囲が湧く。そんな中、前世より明らかに薄い目録帖をペラペラ捲り確信する。

 あ、詰んだ。と。


 「それは、目録帖にないので無理ですね・・・・」


 周囲の熱が下がるのを感じる。

 俺も気分が下がってるよ。


 「むっ!な、なら魔剣は・・・・」


 またページをめくる。


 「ないですね。」


 またまた周囲の熱が下がる。

 今度は決定的に。


 「ならば魔法剣は」


 「ありませんね」


 まか空気が悪くなる。


 「なら、このわしの持っておる短剣をコピーしたりは?」


 そう聞かれたので神父の短剣に触れてみる。

 しかし、一向に何も起こらない。


 「できませんね。」


 俺の言葉で完全に空気がシーンとなる。

 

 その中、恐らく頭のつぶやきが漏れたのだろう。いや、わざと漏らしたのだろう。一人の貴族がこうつぶやいた。


 「・・ゴミではないか」


 そのつぶやきをきっかけに周囲の人間は今までためていたものを吐き出すかのように口々にこういった。


 「だだのゴミではないか」「何が神童だ!」「ただの武器だけでもまあいいんじゃない?」「いやいや、あれはよく見たらボロイぞ」「期待して損したってもんよ」


 周囲の空気は一転。

 周りの人間は侮蔑の表情を浮かべる。


 俺は反射的に家族のほうを見る。

 あぁ、予想通りか。

 母は泣き崩れ、父は悲痛で中に激情をはらんだ顔をする。その横のレティナの両親は非常に厳しい表情を浮かべる。そしてレティナはというと呆然としていた。


 あぁ、前世のあの日を思い出す。

 深い絶望。

 これはキツイな。


 周囲の急激な態度の変化。

 これは前世の記憶がなければ俺はこの手に持った剣で自害するか発狂して人を切ってただろう。


 前世の記憶があってもなお辛い。そんな状況で口を慎む俺に向かって神父はあらか様に落ち込んだ様子で戻れと顎で指示してきた。

 急な変化は怖いなぁ。


 それを受けトボトボと両親の元へ向かう俺をないもののように扱い神父は簡単な挨拶をし、そのまま授与式は終了となる。

 

 重苦しい視線にさらされながらも両親の元へたどり着いた俺は二人の反応を伺いながら恐る恐る声をかける。


 「・・父上、母上・・・」


 二人の顔は違った。

 母は泣いているが父は苦悩した顔をしている。

 父はこんなことを俺に言った。


 「アキレス、お前は・・だ・・・。」


 「父上、なんと・・・・」


 薄々予感はする。


 「アキレス、お前は勘当だ。好きなところへ行け。これより、ジャーミール伯爵家の門を通ることはないだろう・・・・・恨んでくれていい。・・・すまない。家を、ジャーミール家を守るにはこれしかない。」


 あぁ、仕方ないんだ。

 すべて、何もかも。

 あれもこれも誰も悪くない。

 強いて言うなら神が悪い。

 これは、どうしようもないんだ。

 恨むよ。父上。

 あなたの気がそれで済むなら。


 ◇


 それからのことを話そう。

 

 父はいくらか金を持たす気だったらしいが俺は断って、逃げるように家を出た。

 何も持たずに。

 すべてを捨てて。

 俺は逃げた。

 

 世間からも。


 国からも。


 人からも。


 家族からも。


 でも己から逃げなかったのは褒めてほしいところだ。

 そして俺は今森でさまよっている。

 

 俺はこの一週間、授かって間もないギフトでここまで健闘した俺を誰か褒めてほしい。

 だってさ。

 俺、ギフトがなくても中級魔術まで使えるんだ?

 俺、ギフトがなくてもギフト持ちより剣が強いんだ?

 俺、ゴミギフトでもこの森で一週間も生きたんだ?

 

 なあぁ、良いギフト持ちより強いんだ俺は。

 誰か俺を褒めてくれよおい!誰かわかってくれよ俺の努力を!

 そう、叫ぶ力もなく心の中で叫ぶ。


 目の前にはレッドグリズリーが迫っている。

 レッドグリズリーは口を開け俺を食べようとする。

 俺はそれに抵抗しない。

 あぁ、短かったなぁ、俺の第二の人生は。

 あぁ、結局空っぽかよ俺は。

 この一週間で急に嫌いになった煩わしい春の風が吹く。

 それがまた、終わりを告げてるようで少し安心してしまう。


 「ほぉ、若いものが人生を捨てるのは見たくないのぉ。」


 刹那、レッドグリズリーは真っ二つに斬られる。

 血は2秒ほど遅れて噴き出す。


 「少年?死に急ぎは感心せんよ。」


 目の前の老人は諭すように言う。

 その目は、どこかで見たことがある。

 あぁ、先生に似てんだなぁ。


 この出会いが俺を変えた。

 この、爺さんのおかげで俺は生きた。


 ここから俺は転ばない生活が少しの間だけ続く。

 まあでも、予想外ってのはよくあることだ。

 それだけは言っておこう。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る