第158話ザナの過去
ニーナは宙に浮き、ザナの後をゆっくりと追いかけていた。
決してザナを追い込まないように、もしザナが一人になりたいようならば、部屋に籠るのを見届けようと、一定の距離を開いたまま、ザナの後をいつも通り宙にフヨフヨと浮きながら追っていた。
ザナはこのベンダー男爵領に来る前に、何か辛い事が有ったのだ。
それは前からニーナには分かっていた。
ただ本人が口に出さない物を、ニーナは無理矢理に聞こうとは思ってはいなかった。
何よりもベンダー男爵家の両親は、ザナの過去を知っているだろうと思って安心していたからだ。
見た目子供のニーナには(本当の6歳児です)、いくらザナだって相談しようなどとは思わなかっただろう。
それに過去のことは、もう忘れたかったに違いない。
それなのにニーナが補佐としてミューを連れてきたことで、ザナの忘れかけていた辛い気持ちを呼び起こしてしまった。
ニーナは申し訳ない気持ちになりながらザナの後を追うと、ザナは自室の扉の前で立ち止まり、ニーナが追いつくのを待っていた。
その表情にはいつもの優しい笑顔はなく、強張っているようだった。
「……ニーナ様……急に走り出してしまって申し訳ございません……私はもう大丈夫ですわ……」
「……ザナ……」
ザナはミューと会った事で、乱していた呼吸も落ち着いているようだった。
表情の強張りは、どうやら申し訳なさからのようだ。
ニーナに気を使っているのではないか……? と少し心配になったが、ザナは「フー」と息を吐くと、いつもの笑顔を取り戻した。
そして……
「ニーナ様、従業員用の部屋で申し訳ございませんが、宜しければ中へどうぞ……ミューおぼっちゃまを見て何故逃げ出したのか……きちんとお話させて頂きます……」
「ザナ……辛いのならば何も話さなくても良いのですよ……」
ニーナの問いかけに、ザナは首を横に振る。
過去のことはもうこの屋敷に来て忘れたのだと、まるで自分に言い聞かせている様だ。
ニーナはそのザナの姿で、まだ忘れられない何かがあるのだろうと悟った。
ニーナに話すことでザナの気持ちが軽くなるのならば、それで良い。
それにクロウ家の誰かがザナに酷い仕打ちをしたならば……
その時は……
と、ニーナがそんな恐ろしい考えに行きついている事を、ミューを始めクロウ家の者達は誰も知らない……
そう、この世には知らない方が幸せな事もあるのだ。
今のニーナの笑顔は悪魔その物……この場にミューがいなくて本当に良かったものだ。
「ニーナ様、宜しければお茶をどうぞ……」
「有難う……」
ザナの部屋は、簡素ながらも間取りは従業員部屋にしては広く、流石元ベンダ-大公家の屋敷だったと言えるのもだった。
そう、この無駄に広いベンダー家の屋敷も、元レオナルド・ベンダー大公の為に用意された屋敷だと思えば、何の違和感もない。
年月が経ち古くはなっているが、大公家と言われるだけの部屋数がこの屋敷には揃っている。
今現在ナレッジ大公家となった為、その大公家の屋敷だと言っても恥ずかしくはない大きさだ。
ただし……修繕は所々で必要となるだろうが……
お茶を飲み少し落ち着きを取り戻し、普段通りの様子となったザナは、ニーナと視線を合わせ笑顔を作ると、ニーナと向かい合うように座ったまま、ポツリ、ポツリと、過去の話を始めてくれた。
「ニーナ様……もうお気づきかと思いますが……私は男爵家の娘で……ミューおぼっちゃまの実家である、クロウ侯爵家でメイドとして働いておりました……」
ニーナはザナの言葉に頷く。
そこは何となくだが想像が付いていた。
理由もなくザナが、あのミューを「ミューおぼっちゃま」などとは呼ばないだろう。
それでなくても……30歳ぐらいのミューは、到底 ”おぼっちゃま” という年には見えないのだから……
ニーナの驚くことも無く、素直に頷く様子に安心したかのように、ザナは今度はホッとしたような笑顔をみせると、続きを話しだした。
「私は……クロウ家の後継ぎであるルナーおぼっちゃまに……いえ、バルテールナー様に見初められました……」
「ザナの美しさと賢さと働きぶりを見れば当然でしょうね……ザナならば侯爵家の嫁でも何も恥ずかしくありませんよ……」
ニーナの優しい言葉に、ザナは少しだけ目に涙をためながらも笑顔で首を横に振った。
そう、侯爵家と言えば高位貴族、低位貴族の男爵家から嫁をもらうなど普通ではあり得ないことだ。
だが、ニーナの言う通り、ザナは見た目も良く、品もある。
どこかの伯爵家へでも養子に出し、少しマナーを勉強させれば、問題なく侯爵夫人を務めあげられるほどの才女だとニーナは思っている。
だが、二人の恋を邪魔したのは、他家の高位貴族から嫁を貰いたいと思っていたミューの母サンディーナと、侯爵家から睨まれ怖くなり、ザナを勘当することにしたザナの父親だった。
そう、この事でザナは貴族の娘とは呼べない立場になってしまったのだ。
「若奥様は……姪御様をバルテールナー様と結婚させたかったのです……それは侯爵夫人としては当然のご判断だと思います……」
だが、クロウ家を辞めるにしても、勘当されてしまったザナは実家には帰れなくなってしまった。
そして転職しようにしても、バルテールナーとの事が有って、クロウ家からの紹介状も書いてはもらえない。
その上バルテールナー自身が、家を捨ててザナと逃げると言いだした。
つまり駆け落ちだ。
「バルテールナー様は侯爵家のご子息……私と逃げたとして、不自由ばかりの庶民の生活に馴染めるとは到底思えませんでした……ですから私は……行く当てもないまま、黙ってクロウ家を出たのです……」
「ザナは……バルテールナー殿の事を想って行動したのですね……」
「……その時はそう思っておりました……ですが今思えば……ただバルテールナー様の愛が怖かっただけなのかもしれません……」
それはザナの正直な気持ちだろう。
周りに反対され駆け落ちしたところで、上手く行くとは思えない。
バルテールナーは貴族としてしか生きてはこなかった。
それも侯爵家の子息であり、嫡男だ。
三男のミューでさえあれなのだ。
どう考えても甘やかされていた事だろう……
そんな生活から出て、庶民として働くことなど、どう考えても難しいと言える。
それに何より、ザナは今よりもまだ幼かったのだ。
バルテールナーの(重すぎる)愛を受け止めることを、怖いと思っても当然だったと思う。
「ザナは……バルテールナー殿の事を愛していたのね……」
ザナは「フフフ……」と笑うと、頷いた。
そして、愛していたからこそ、怖かったのだと、ザナは小さく呟いた。
貴族社会ではザナが身を引いたのは当然かもしれないが、やはりザナが傷ついたと思うと、少しだけクロウ家に対し怒りが込み上げるニーナだった。
そしてまだ年若かったザナが、ベンダー領に行きついた理由がニーナに良く分かった。
それとミラの呪いに引き寄せられてしまった悲しい気持ちも、分かった気がした。
☆☆☆
おはようございます。白猫なおです。サンディーナ・クロウ……人物紹介に載せ忘れていましたね。修正しました。(=^・^=)
本日はザナの過去でした。ただ……クロウ家では受け止めかたが少し違います。ザナは自分からクロウ家を出て居ますが、クロウ家の家族はザナを追い出したと思っています。それもザナとバルテールナーは駆け落ちの約束をしていました。ザナはそこには行かず逃げました。バルテールナーの方は……と言うと、そこはこの先のお話で出て参ります。宜しくお願い致します。(=^・^=)
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