第157話ミューおぼっちゃま?!

「さあ、ディオン、シェリー、ニーナ、屋敷の中へ入ろう……皆もお待ちかねだ……」


 父であるエリクの優しい声掛けに、ベンダー三兄妹は笑顔で頷く。


 もう皆涙は流していない。


 良い笑顔だ。


 エリクは呪いの影響でずっと寝ていたため、今は自分の足で歩けないので、エクトルが背負って屋敷へと運んでくれる。


 そんな時でも、エリクは子供たちを見て笑顔を浮かべる。


 会えて嬉しい。


 また声が聞けて嬉しい。


 それを噛みしめているかのようだ。


 そう、エリクはきっと覚悟をして居たのだろう。


 呪いの事(病気)もアルマから聞いていたのかもしれない。


 だからこそ尚更、エリクは無理をしてでも子供たちを出迎え、顔をすぐに見たかったのだろう。


 そんなエリクの父としての深い愛情に接し、ニーナはまた胸の奥が温かくなるのを感じた。


 ニーナはセラニーナ時代、家族には恵まれなかった。


 勿論弟子たちはニーナにとっての家族だが、孤児院で育ったセラニーナは、生まれた時から父親や母親の愛情に触れることはなかった。


 けれど今エリクに抱きしめられ、頭を撫でられ、褒められ、優しい笑顔を向けられたニーナは、セラニーナから見れば孫でも曾孫でもおかしくないエリクに対し、確実に親の愛情という物を感じていた。


(不思議……心がとても温かいですわ……)


 そう、その不思議な感覚は、ニーナの中にいるかもしれない本物のニーナが喜んでいるようにも感じる。


(もしかして、本物のニーナはまだ自分の中に残っているのかしら?)


 研究好きのニーナは、自分の体でさえ研究対象になる様で、エリクの元気な姿を見てホッとしたと共に、自分の体と心ももっと良く調べなければと思ってもいた。


(もしニーナの魂がまだ残っているのなら……)


 いずれこの体をニーナ本人に返さねばならないだろう。


 セラニーナとしては、十分にこの世界で生きたので悔いはない。


 今思いがあるのはニーナとしてこのベンダー男爵家……いや、今はこのナレッジ大公領を立て直す事だけだ。


 それさえ済めば、ニーナは天に召されてもいいとも思っている。


 男爵位を受けたのも、呪いを解くためだけのもの。


 ニーナ自身は貴族という形にとらわれず、ベンダー男爵領の中のどこかで、ひっそりと一生を終えられればいいとも思っていた。


 だがニーナ本人が、またこの体に戻ってくるとなればそうは行かない。


 ニーナが何を望むかは分からないが、戻って来た時に、出来るだけニーナが進みたい道を選べる形にしておいてあげたいと思う。


 とにかく家族の幸せと、ナレッジ領の立て直しと、ニーナ自身の将来を広げる事!


 ニーナはエリクと顔を合わせたことで、尚更その思いが強くなっていた。




「貴女は……ザ、ザナ殿? では無いですか?!」


 ニーナがそんな考え事に耽っていると、ミューのザナの名を呼ぶ声が聞こえてきた。


 その声を聞き、ここに集まる皆が、何故か見つめ合い固まるザナとミューに注目をする。


 そして、ザナはミューを見て何かに気が付いたかのようにハッとすると、顔色が悪くなった。


 そしてその後、ザナは「ミューおぼっちゃま……」と一言呟いたが、喜ぶそぶりは全くなく、一歩一歩ミューから離れるように後ずさっている。


 ミューがザナに駆け寄ろうとしたところで、ザナは怯えるように屋敷に向かって走り出した。


 二人のそんな様子だけで、ミューとザナが知り合いであり、また以前何か有った事が分かる。


「ザナ殿! お待ちください! 私の話を聞いて下さい!」


 と、逃げ出したザナを、ミューが瞬足を生かしそう叫びながら追いかけようとしたところで、「待った!」が入った。


 嫌がる女性を追いかけても、碌なことはにはならない。


 多少は他の男性陣よりも女性経験値が高いアルホンヌが、スタートダッシュで走り出そうとしたミューの首根っこを軽々と掴んだ。


「まてまてまて、オッサン、ザナは嫌がってるだろう? 落ち着けって」

「ああああ、アルホンヌ様、お放しください! 私はザナ殿の誤解をすぐに解かなければならないのです! それに私はまだオッサンではありません!」

「だから落ち着けって、ザナは屋敷に入っただけだ、どこにも行かねーよ。もしザナがオッサンと顔を合わすのも嫌だと言ったら、ここを出て行くのはミュー、あんただ、だから安心しろ」

「えええっ? そそそれはちょっと……安心できませんが……」

「だったら落ち着けって、それにほら、ニーナ様がもうザナの後を追いかけてるよ」


 そう、アルホンヌの言う通り、ニーナはザナの後を宙に浮き追いかけていた。


 ニーナならば簡単にザナに追いつけるが、興奮しているような、怯えているような様子のザナに、少し距離を置きながらニーナは追いかける。


 きっとエリクはザナの過去の出来事を何か知っていたのだろう。


 ニーナが飛び出すときに頷いていた。


 それはまるで「ザナを頼む」と言われている様だった。


 ザナはベンダー男爵領に来る前に辛いことがあったはずだ。


 それはザナだけでなく、ファブリスもエクトルもロイクも同じだと、ニーナには分かっていた。


 何故なら”セラの森”はミラの呪いのせいで、負の感情を抱えた人間を呼び寄せるようになっているからだ。


 それが呪いの糧となり、力となっているのだ。


 母のアルマが運よく見つけ、助ける事の出来た人間……つまり森へと来たが、呪いに吸い込まれなかった運のいい人間が、ここで働いている使用人たちなのだ。


 きっとこれまで森へと引き寄せられた、多くの者たちがこの呪いの餌食となった事だろう。


 アランとベルナールもあの日ニーナと出会わなければ、森の中で命を落とし、呪いの生贄となっていたことは確実だ。


 それは運という言葉だけでは片付けられない気がしていた。


 そう、ベンダー男爵家との縁もあったのだろう。


 だからこそ、こうしてザナは過去に何か有ったらしいミューと、またベンダー男爵家で会う事になった。


 ニーナは目に見えない何かの力が働いている事を、この時確かに感じていたのだった。




☆☆☆




おはようございます。白猫なおです。(=^・^=)

子供たちと、お父さんであるエリクの話はまたゆっくり書きたいなーと思っています。今回はザナメインの章になる予定です。皆様なーんとなくは分かっていると思われますが。恋愛話です。はてさてどうなるのか……ミューに頑張って貰いましょう。

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