第146話その頃の死ごき部③

「今日は陛下のご友人のお兄様であるディオン・ベンダー様と、あー……その……と、とある国のとある身分であり、我が国の王太子殿下のご友人であるアラン様が訓練に参加される、皆心して取り組むように!」

「「「ハッ!」」」

 

 騎士の訓練場。


 今日はアルホンヌとクラリッサがいないという事でホッとしていた騎士たちの前に、騎士隊長からある人物が紹介された。


 一人は亜麻色の髪に、オーキッド色の瞳を持つ少年ディオン。


 先日アルホンヌとクラリッサの訓練に参加した小さな悪魔……いや、ニーナ様と呼ばれる少女にそっくりな顔立ちの為、兄弟だと思われる人物だ。


 騎士たちに向け可愛い笑顔を浮かべ、あの悪魔……いや、ニーナ様の兄は挨拶をした。


 それもとても強力な魅力を振りまいて……


「ディオン・ベンダーです。10歳です。今日を楽しみにしていました。まだ半人前ですがよろしくお願いします!」


 ペコリ。


 ニパッ。


「グハッ!」「はうぅっ!」「ふぇええっ!」


 ディオンのスマイル攻撃で大半の騎士達が胸を押さえた。


 この少年、可愛い。


 可愛すぎる。


 この子と今日はずっと一緒に居られるのか?

 

 死ごき部最高!


 騎士たちは先程まで悪魔の兄だと怯えていたことも忘れ、ディオンの可愛さにメロメロになっていた。


 もうディオンは騎士たちの人心掌握が出来たと言って良いだろう。


 流石ベンダー男爵家長男。


 無駄に顔が良いだけのことはある。


 素晴らしい才能だ。



「初めまして、アランデュんんん・ラベリんんんです。どうぞアランと気軽に呼んでください。今日は皆様の胸をお借りするつもりでやって参りました。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」


 綺麗な角度で頭を下げた青年に、騎士たち皆が注目をする。


 アランと名乗った青年は、どう見たってやんごとなきお方だと分かる。


 だって特徴あるダークブロンドの髪だ。


 隣国ラベリティ王国の王子様が、確かそんな髪色だったはず……


 騎士たちに向けて笑顔を浮かべる青年を見て、皆が震える。


 もしかすり傷一つでも負わせてしまったら……


 自分たちのクビは簡単に飛んで行ってしまうかもしれない。


 騎士達はちょっとでも触れたら、直ぐにでも爆発してしまいそうな爆弾を目の前に置かれたような気持ちになっていた。


 そう、今日は精神修行の日にもなるだろうと……




「よーし、先ずはアップから始めるぞー!」

「「「オー!」」」


 騎士隊長の声掛けに騎士達が返事をする。


 ディオンがその姿を見てキラキラした瞳を騎士たちに向けてきた。


 それが余りにも眩し過ぎて、皆「はうっ」と息をのむ。


 近くでディオンの顔を見ると、攻撃力が半端ない。


 心臓が、胸が、目までもが痛い。


 このままでは今日一日持たないかもしれない。


 だが可愛すぎてどうしても見たくなってしまう。


 走り出した騎士たちは、心の中でそんな葛藤をしていた。


 ディオン君、可愛すぎだ! と……




「お兄様ー! がーんばってーーーー!」


 死ごき部のマネージャー、グレイス君のラブリーテント(休憩所兼救護室)の方へと視線を送れば、珍しい珊瑚色の髪とひまわり色の瞳をした、見たことも無いほど可愛らしい天使がこちらを向いて声援を送っていた。


 何人かの騎士が、その少女の余りの可愛さに驚き、並んで走る列から外れてしまう。


 フラフラとその美少女に引き寄せられるようにテントへと近づいて行くが、そこで有る人物が目に入った。


「お前たち、どうした、走っただけで体調が悪くなったのか?」

「おおおおおお王太子殿下!」


 そう、グレイス君のラブリーテントには今日は天使のように可愛い美少女だけでなく、王太子のレイモンド・リチュオル、それにその子供で王子のウィルフッドと王女のアンジェリカもいた。


 道を外れた騎士達は「大丈夫です!」というとすぐに走る列へと戻った。


 王太子や王子、王女が見に来るだなんて……


 やっぱりアラン様は隣国の王子様?


 怪我や不敬が無いか王太子殿下が見張っている?


 騎士たちはそう気が付くと、普段走り慣れている訓練場が、酸素濃度が低い高地のような気がして来た。


 息をするのが苦しくなる。


 何だか普段よりも疲労を感じる。


 まだ軽いランニングしかしていない騎士たちは、この時点で疲労困憊になっていた。




「よーし、次は準備体操だ、広がれー」


 準備体操だと聞いて騎士たちはホッとする。


 とにかく走っている間は生きた心地がしなかった。


 普段ならばここでグレイス君に癒して貰おうと、救護テントへ行くところだが、今日はテントに近付くわけにはいかない。


 王太子殿下の前で無様な姿は見せられない。


 騎士達は準備体操にも普段見せないほどの真剣さを皆見せる。


 このまま今日一日ずっと準備体操なら良いのに……と、そんな事を思っていると、ディオン君が手を上げた。


「はい、騎士隊長様! あの、反復横跳びはしないんですか?」

「「「反復横跳び?!」」」

「はい、師匠は、あ、えーと……アルホンヌ様はいつも訓練の前に反復横跳びをします。皆さんはしないんですか?」


 アルホンヌ様が反復横跳びをさせている?


 いや、それよりもディオン君、今アルホンヌ様のこと師匠って言ったよね?


 えええ? どうゆーことー?!


 騎士達が困惑している中、騎士隊長がディオンに答えた。


「ふむ……アルホンヌ様の考えならば何か理由があるのかもしれないな……ディオン君、普段している反復横跳びを皆に見せてもらえるか?」

「はい、喜んでー」


 元気一杯に答えるディオンの姿に、騎士たちの目尻が下がる。


 可愛いよ。


 ディオン君、天使だよ。


 もう、可愛すぎて連れて帰りたいレベルだよ!




 そんな騎士たち皆の視線が集まる中、ディオンお得意の反復横跳びが披露された。


 右へぴょんぴょん、ぷり。


 左へぴょんぴょん、ぷりり。


 ディオンが数回反復横跳びを繰り返せば、騎士たちだけでなく、テント内に居るレイモンドやウィルフッド、アンジェリカも胸を押さえ倒れ込んだ。


 何という衝撃。


 何という破壊力。


 もう堪りませんがなっ!


 騎士の中にはその余りの可愛さに、鼻から血を流すものまで出ていた。


 まだ剣を振るうとこまでいって居ないのにだ……


 ディオンとアランの騎士たちとの訓練は、まだ始まったばかり。


 はてさて騎士たちの心臓がいつまで持つか……


 こればかりは誰にも分からないのであった。

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