第137話カルロさんの子守り③
「ねえねえ、ウィルはリンゲルガのお肉好き? 私は大好きだよ」
「はい、大好きです!!」
ウィルフレッドはリンゲルガが何かは分からなかったが、シェリーに ”大好き” だと言われたので、力一杯大好きだと答えた。
もう今の言葉だけでウィルフレッドの中でシェリーとの結婚が決まった。
そう思えるほどシェリーの大好きという言葉はウィルフレッドに衝撃を与えた。
ウィルフレッドのハートに太い矢が刺さったのは確実だろう。
「アンはピンクが好きなの? そのドラゴンさんのバッチ良く似合ってるよ、とっても可愛いー」
「はい、有難うございます。大好きですわ!!」
アンジェリカはディオンの言った言葉の ”好き” と ”可愛い” だけしか聞き取れなかったが、とにかく自分も大好きだと答えた。
もう今言われた言葉はプロポーズに違いない、アンジェリカはディオンの妻になろうと決めた。
そう決意するほど、美しい笑顔を浮かべるディオンの言葉は破壊力満点だった。
アンジェリカのハートにも太い矢が刺さったのは確実だ。
カルロはベンダー男爵家兄妹の、容赦ない攻撃を見て苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
もうここまでベンダー男爵家の兄妹の魅力に落ちてしまった人間を救いだすことは不可能だろう……
カルロは悟りを開き、諦めていた。
今、ちびっ子四人は、先程購入したばかりのドラゴンの色違いのブローチを胸に付けている。
お値段はご想像にお任せするが、普通の貴族の子供でも気軽に買える代物ではないことだけはお伝えしておこう。
それをディオンは自分の稼ぎで皆にプレゼントした。
その経済力、そして魔獣を倒せるほどの騎士としての実力。
学園入学前のディオンの成長は、物凄いものになっていた。
アルホンヌの指導のお陰……ともいえるが、出来れば一般常識も教え込んでもらいたいところだろう……
そしてシェリー、シェリー本人はドラゴンさんと一緒に空を飛ぶという少女らしい可愛らしい夢を持ち、一生懸命魔法を勉強しているが、実は既に一流の魔法使いと言える実力を持っている。
その事に気が付いていないシェリー。
なので空飛ぶ絨毯がどんなに凄いことか気が付いていない。
カルロは呆れながらも、このまま面白く育って欲しいとも思っていた。
被害者が増えるのは可哀想だが、笑いの為には遠慮はいらない……そうも思っているのだ。
そう、シェリーとディオンのこの兄妹は、ニーナ(セラニーナ)と出会った事で普通の子供とはかけ離れた存在になりつつあった。
そのうえ、この無駄に美しい見た目だ。
将来どうなるかと、カルロは頭を抱え心配していた。
まあ、本心では色々とやらかしてくれよ……と期待が半分以上だった。
成長を見逃してはいけない。
闇ギルド長であり多くの人材を見てきたカルロにそう思われる程、シェリーとディオンは稀有な存在へと成長しているのだった。
「はー……とにかく先ずはニーナ様に言って金の使い方を覚えさせねーとなー……」
カルロはぽつりとそう呟くが、その口元は笑っているように見える。
魔獣で稼いだお金を邪魔だからと言って使うディオン。
ベンダー男爵領はど田舎でお金を使う必要などこれまでなかったと聞いている。
剣や受験の為の勉強だけでなく、一番大事な一般常識を教え込まなければ……
カロルは頭を抱えながらそんな事を考え、それとともに二人の教育をあのバーソロミュー・クロウに頼んでみたら面白いのではないか? とここでも笑いに貪欲になっていた。
ニーナ様に進言してみよう。
カルロの中でバーソロミュー・クロウは爆上がりの評価を受けていた。
「うおーい、ウィルー、アン―」
遠くからウィルフレッドとアンジェリカの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
皆が後ろを振り返って見るが、知り合いは誰もいない。
「ディオン、シェリー、うえうえうえー」
アランらしき人物の声も聞こえ、カルロとちびっ子四人が上を向く。
するとフラフラとしながら赤い絨毯が不安定な様子で上空に浮いていて、その上から手を振るアランの姿が見えた。
カルロはここでもまた頭を抱える。
そう、街中の注目が空飛ぶ絨毯に集まっているからだ。
折角子供たちを目立たせないようにと、平民服に着替えさえたのに意味がない。
アランにもベルナールにも一般常識の教育が必要だと、カルロが「はー……」と大きなため息を吐くと、こちらもまたバーソロミュー・クロウに任せようと心に決めていた。
そんなカルロたちの目の前に、絨毯がふらつきながらもどうにか地上に降りて来た。
そして……
「ウィルフレッド、アンジェリカ!」
地上に無事着陸した絨毯から、足元をふらつかせ子供たちに駆け寄ったのは、どっからどうみてもこの国の王太子に見えるレイモンドだった。
服装も王太子そのままで、いかにも王子様チックな様子を前面に出している。
もうカルロはこのアホたれどもを見て突っ込む気も起きない。
そしてどう見ても王子様にしか見えないアランは、疲れ切っているベルナールを支え、絨毯から慣れた様子で降りて来た。
ベルナールの代わりにサッと絨毯を魔法袋にしまうと、やっぱり王子様らしい笑顔を浮かべカルロたちの傍にやって来た。
そのアラン優雅な立ち振る舞いは、もうこの街中の注目を集めていると言っても良いだろう。
ハッキリ言って目立たないという言葉はもうここでは通用しない。
アランはわざとやっているのではないか? そう思えるほどだ。
なのでカルロは護衛たちを全員傍に呼び寄せ、何かを諦めた。
もうここまで来たらしょうがないだろう……と、カルロはそう思っていた。
そう、そうなのだ。
まずニーナの傍にいる人間に常識を求める事自体が間違いなのだ。
ベランジェにしろシェリルにしろ、アルホンヌやクラリッサにしろ、皆どこか可笑しいし、壊れている。
勿論カルロもその中に入るのだが、カルロは自分は常識人だと疑ってもいない。
カルロは今日数時間で、そのことを改めて実感した。
「クックック……やっぱりあのミューってやつに一般常識の教育を頼むしかないなー……」
いやいや、カルロさん、それはミューさん死んじゃいますよ。
なーんてカルロに突っ込む者はこの場にはいない。
そもそもカルロはかなりミューを気に入っている。
天然で面白い男。
カロルの中でミューはそういった愉快な立場だった。
なので絶対にバーソロミュー・クロウに頑張って貰おうと、カルロの楽しみはまた増えたのだった。
「ディオン、シェリー、勝手にお城を出て行ったらダメだろう」
アランの言葉に興味深々で集まった街の人達が反応をする。
城。
やはりこの見目麗しい方たちは王家の方。
王都民達はアランの言葉を聞きドギマギしていた。
皆立ち止まり王族を見ようとしている。
特にディオンとシェリーはその可愛さから注目の的だ。
危険を察知したカルロが口を開いた。
「あー……アラン……ここは目立つから取りあえず俺の店に戻ろう……」
「えー! カルロおじ様ー、美味しいお肉はー?」
「シェリー、肉はまた今度だ、ニーナ様に心配かけたくないだろう?」
「えっ? ニーナが心配してるの?」
「だからアランが迎えに来た? だろう?」
「えっ?」
アランはカルロにニーナの話を振られ慌てる。
魔力が減って一人で立っていられないベルナールに気を取られていたこともあるが、ニーナがディオンとシェリーが出かけたことを心配していた訳ではないことも知っているため、言葉に詰まってしまった。
ただ王城では騒ぎになっていたことは知っていたため、カルロの言葉に遅らせながらも頷いて見せた。
「えっ、ええ、えっと、そうです。ニーナ様も一緒にディオンとシェリーと出かけたかったようですよ。二人だけで掛けてしまって……その、ニーナ様は寂しがっていました……」
アランの言葉を聞き、ディオンとシェリーはシュンと肩を落とした。
妹を寂しがらせるだなんて兄姉として失格だ。
そう反省していた。
その間にカルロはアランにウインクをする。
アランナイスシュート!
カルロとアランの二人は、今心の中でがっちりと厚い握手を交わしていたのだった。
「じゃあ、直ぐにお城に帰ろう、私ラグを出すね」
「いやいや、シェリー、待て待て、帰りは馬車にしよう」
「えっ? カルロおじさん何で? ラグの方が早くお城に着くよ」
「ああ、うん、そうなんだけどなー……ほら、これだけ人が集まってるだろう? こういう時は出来るだけ普通に帰るのが一番なんだよ」
「そうなの? うん、分かった。じゃあ、そうするねー」
「よーし、じゃあ、皆で城に帰ろうな」
「「はーい」」
こうしてディオンとシェリーの人騒がせな空のお散歩は無事に? 何事もなく? 終わることになった。
ただし……
リチュオル王国には天使がいる。
その噂は他国へも広がることになった。
はたして良からぬことを考える者が出ることは無いか……
それだけは誰にも分からぬことであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます