第133話クロウ侯爵家の家族会議①

 クロウ侯爵邸の中でもしっかりとした結界が張られた自慢の応接室に、今、クロウ侯爵家一家が勢ぞろいしていた。


 テーブルのお誕生日席に座るのは、勿論前侯爵……ではなく、現侯爵、でも勿論なく。


 クロウ侯爵家の本当のドン、キャロライン元王女だ。


 手には鞭を持ち、集合が遅かった家族を睨みつけている。


 そうそれは、仕事がたまたま運悪く長引いてしまった、キャロラインの息子であり現侯爵であるバルテレミー・クロウこと、レミーのことだ。


 ネズミのように小心者のレミーが、クロウ家緊急会議の一報を受け取ったのは、仕事でまだ王城内に居る時だった。


 レミーは緊急だと聞き、大急ぎで屋敷に駆けつけたのだが、時すでに遅し、母の怒りを十分に買っていた。


「レミー! 貴方はこの国の一大事に何をやっていたのですかっ!」


 勿論仕事をして居ました。


 と正直に答えようとも思ったが、母のあまりの迫力に「すみません……」としかレミーは言葉が出なかった。


 そう、この臆病者のレミーこそが、シェリルが言っていた何度断っても誘ってくるしつこい男。


 そう、通称ねずみ男だ。


 粘着質な性格は父親譲り。


 父である前侯爵は、キャロライン元王女へのしつこいアタックのすえ、無事に恋仲になれたので良かったが、レミーは何度もシェリルに告白してはフラれている。


 それでもあきらめきれず、結婚してからは「愛人になってくれ」と頼み込むほどシェリルに惚れていた。


 なんどサンドバックにされようとも、シェリルへの恋心は諦める事が出来なかった。


 少しでもレミーに母親であるキャロライン元王女に似ている部分が有れば、シェリルもちょっとは振り向いてくれたかもしれないが、愛人という言葉を出してしまってからという物、レミーはシェリルに近づくことさえも叶わなくなった。


 だが未だにシェリルへの執着は消えていないようだ。


 仕事場のデスクには、シェリルが描かれた小さな肖像画が飾られている。


 勿論妻には内緒だ。





「私の愛しいキャリー、少しは落ち着きなさい……」

「貴方! この一大事に何を言っているのです! 落ち着いてなどいられるわけがございませんでしょうっ!」


 妻に一蹴されしょぼんと肩を落としたのは、クロウ侯爵家の前侯爵であり、暴れん坊王女と揶揄されていたキャロライン王女に、何度断れようとも告白し続けた気概がある男、バルキュール・クロウことちょっぴり出っ歯のキューちゃんだ。


 キューちゃんは馬車での移動中、山賊に襲われ、そこに偶々通りかかったキャロライン王女に助け出され、一瞬で恋をしてしまった簡単な男である。


 未だに妻一筋で、妻に酷い執着をする男でもある。


 妻無しでは生きていけない。


 それがキューちゃんの口癖だった。





「お婆様、緊急事態とは一体何でしょうか? もしかして……今日城で起きた地震のことですか?」


 キャロラインに意見を述べたのは、レミーの長男のバルテールナー・クロウことルナー。


 残念ながら祖父から引き継いだ粘着質な性格を持っており、三十代半ばで有りながら、屋敷に勤めていたメイドの事が未だに忘れられない、初恋拗らせ男でもある。


 そう、クロウ侯爵家は王女の嫁いだ家で有り、祖父母の恋物語が【暴れん坊王女の恋物語】という名のついた本にまでなった有名な家でもある。


 なのでそれなりの令嬢を妻にする事は勿論できる。


 だが恋愛下手のルナーは、何度お見合いをしても思いだすのは初恋の相手のことばかり。


 外見が母親似のルナーは別に顔も悪くないのだが、見合い相手と話が弾まなければ恋に発展しようが無い。


 なので残念ながら未だに妻が出来る様子はない男でもあった。


 それも拗らせている初恋は二十代後半の時だ。


 流石に拗らせすぎだと思うのだが、こればかりはルナー本人にもどうしようもないことだった。





「地震など屋敷では感じなかったけれど……」


 ぽつりと呟いたのは、ミューとルナーの母であり、レミーの妻であるサンディーナ・クロウこと、サンディーだ。


 実はサンディーは、この国の王であるアレクの婚約者候補に入っていた一人でもある。


 候補者の戦いに敗れたサンディーは、仕方がなくレミーとお見合い結婚をした。


 愛情ではなく、契約。


 そう割り切ってレミーと結婚したため、夫よりも大切な息子の初恋の邪魔をしてしまった。


 働いていたメイドは男爵家の次女だった為、侯爵家には不釣り合いだとサンディーは結婚を許さなかったのだ。


 まさかそのままルナーの結婚話が全く進まなくなるとは思いもしなかった。


 だったらあの時メイドをどこかの養女にでも出して、ルナーと結婚させれば良かったと、未だに悔んでいるため、ルナーの言葉には強く出れない。


 小さな声で呟いたのも、そう言った経緯があってのことだった。




「ミュー! 家族会議だというのにロジーは戻ってこれないのね?!」

「は、はい、お婆様、ロジー兄上は騎士隊におりますので、今夜は戻れないと思います……はい……」

「全く、こんな大事な時に戻れないだなんて、ロジーは何の為に騎士になったのかしらっ!」


 ミューが答えたロジー兄上とは、クロウ家の次男、バートロジー・クロウのことだ。


 少しだけキャロライン王女元の血を引いたのか、クロウ三兄弟の中では運動神経が一番よく、何とか騎士になれた男である。


 騎士としての実力は底辺に近いのだが、なんと言ってもロジーは侯爵家の次男坊。


 その上祖母は元王女。


 ロジーは今、騎士として部隊長を務めるほどの実力? 者でもある。


 だがしかし訓練には全く参加しないため、部下たちには「なんちゃって騎士」などと陰で囁かれてもいる。


 実はロジーは騎士でありながら事務仕事が得意な為、部隊で重宝されているラッキー部隊長でもある。


 訓練に参加していないのだ……アルホンヌとクラリッサの目に止まりようが無いのも当然のことだった。



 こうして騎士のロジーを除くクロウ一家が応接室に揃い、やっと緊急会議を開けることになった。


 立たされたままのミューは、皆の前で今日有ったことを……


 いや、自分がナーニ・イッテンダーを敵国の者だと勘違いした瞬間からの事を、鞭を持った祖母に脅されながら、オドオドと喋ることになった。


 はてさてミューの話を聞き、クロウ一家がどう動くか……


 今から楽しみでもあるのだった。

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