第129話その頃の死ごき部①

「クラリッサ様、カッコイイ―! 頑張って下さーい」


 今騎士たちの訓練場では、死ごき部のマネージャーであるグレイスの応援する声が響いていた。


 そう、今日は城へ戻って来たアルホンヌとクラリッサが、アレクに頼まれ騎士や兵士たちに指導を行っている。


 久しぶりの城での訓練は、ベンダー男爵家の死ごき部の練習に比べだいぶ物足りないものだが、そこは対戦相手の人数を増やすことでどうにか補っている。


 ベンダー男爵家にいるカカシ君のリーチが長く素早いあの力強い攻撃や、プルースの隙を狙って襲ってくる容赦のない攻撃に比べたら、騎士や兵士が何人集まろうとも、アルホンヌとクラリッサの相手にはならない。


 そう、ベンダー男爵家へ行った事で、元から人間離れしていたアルホンヌとクラリッサの騎士としての能力は、今やとんでもない程に進化していた。


 その上今日は可愛いグレイスの応援付きだ。


 クラリッサにとっては愛する人の声援は何よりも力になる。


 良いところを見せようと、今五人の騎士を一遍に吹き飛ばした。


「クラリッサ様、カッコイイ!」


 その声が聞こえただけでクラリッサは幸せだ。


「さあ、あなた達どんどんかかって来なさい! この私が相手になりましょう!」


 と、益々気合が入るクラリッサだった。




 そしてアルホンヌ。


 今自分の進化具合を体全体で感じ取っていた。


 何人の騎士を吹っ飛ばしても全く疲れが出ない。


 スピードもパワーも以前とは全然違う。


 ニーナとのあの死闘を乗り越えたからこそのこの成長。


 まさかこの歳でここまで進化できるとは思わなかった。


 100の訓練より、1の実践。


 それもニーナ教官の指導は、その実践を遥かに超えるほどの教育だった。


 ベンダー男爵家では何度死を覚悟したことか……


 その努力が成果として現れたアルホンヌは、今涙が出そうなほど感動していた。


「アルホンヌ様ー、頑張ってー!」


 その上、鬼教官から助けられ、命の恩人だとアルホンヌが思っているグレイスの声援もある。


 グレイスは死ごき部のマネージャーとして、テントを準備し、日陰を作り、休憩中に飲むドリンクや、いつものレモンの蜂蜜漬け、それにふかふかのタオルまで準備してくれている。


 流石死ごき部の敏腕マネージャー。


 皆のお世話の為に、グレイスには抜かりがない様だった。




 そして今日集まった騎士や兵士の中には、昨日のあの大事件に遭遇した者たちもいた。


 騎士たちは国の危機に直面していたのだが、実際はあの恐怖の六歳児のこと以外、良く全貌が分かってはいなかった。


 ただあの小さな少女が宙に浮き、王であるアレクに「ママン」と呼ばれ、その上王の補佐官に怯えられていたことは、十分に理解できていた。


 なので彼らはあれらの事件の事を、一切口に出してはしていない。

 

 勿論騎士としての守秘義務からなのだが、なによりもあの少女が怖かった。


 あの笑みを思いだすだけでゾクリとする。


 今王城内では天使が現れた話で持ち切りだが、自分たちは悪魔を見たのではないかと思っていた。


 そして今アルホンヌとクラリッサの人間離れした動きを目の前にし、やはり二人のボスであるあの少女は悪魔だったのだと確信していた。


 今までだって十分に強かったアルホンヌとクラリッサを、ここまで進化させた小さな悪魔。


 きっと二人を魔界に連れて行き、秘密の訓練を行ったのだろう……


 もしかして王が「ママン」と呼んだのは、有名な悪魔の「マモン」の事ではないだろうか?


 悪魔の話をどこかへ漏らしでもしたら、きっと自分たちも魔界に連れて行かれることだろう……


 その時は命は失う事となる。


 騎士たちは今の訓練よりも何よりも、この場に居ないニーナの笑顔を思い浮かべ、皆顔を青くしていたのだった。




 そして牢屋でグレイスに骨抜きにされた兵士たち。


 グレイスが応援してくれているため、良いところを見せたくって仕方がない。


 だが死ごき部の部員であるアルホンヌとクラリッサに勝てるはずが無い。


 一気に吹っ飛ばされると、余りの実力の差にガックリと肩を落とす。


 大好きなグレイス君に良いところを見せるどころか、ヘタレな部分を見せてしまった……


 そんな落ち込んでいる兵士たちに、優しい声が響いてきた。


「皆さん、大丈夫ですか? 少しテントで休みましょうか? ベランジェ様が作って下さった良く効く傷薬もあるんですよ、手当てしますね」

「「「「グ、グレイス君!」」」」


 そう怪我の功名か、皆のアイドルグレイスが怪我の治療をしてくれる事になった。


 鼻の下を長ーくしながらテントに運ばれていった兵士たちは、グレイスに傷薬を塗って貰ったり、お茶やレモンの蜂蜜漬けを出して貰ったり、額の汗を拭って貰ったりと、グレイスの手厚い介護を受け、ただただ嬉しさだけが募っていた。


 ただの擦り傷だったけど怪我して最高に幸せ。


 今日はこのままここで体調不良でいようかな。


 そんな事を考え、至福の時間を過ごしている兵士たちの耳に、悪魔の……いや、ニーナ・ベンダー6歳児の可愛らしくも恐ろしい声が聞こえてきた。


「グレイス、訓練はどうですか? アルホンヌとクラリッサは真面目に指導をしているのかしら?」

「ニーナ様、皆さんも!」


 兵士たちが目にしたものは、ニーナとその後ろにいる国王陛下。


 そして有名な大聖女、シェリル様もいる。


 引きこもりだと聞いていた研究家のベランジェ様たちまで、珍しいことに訓練場にやって来た。


 それもこの小さな悪魔はやっぱり宙に浮いていた。


 恐怖を感じた兵士たちは、一斉に立ち上がり殺されないようにと頭を下げた。


「うむ……皆、挨拶はいい、そのまま訓練を続けてくれ」


 国王陛下の言葉に、テント以外の騎士や兵士達も含め皆が「ハッ!」と返事をしたが、ニーナを知らない者達は、国王陛下よりも宙に浮く少女が気になって仕方がない。


 あれが昨日見た天使なのか?


 あれは昨日の悪魔だ!


 と、ニーナの姿を見て感じることは人それぞれだった。


「フフフ……まあまあ、皆一生懸命ですわね。後で私も少しだけお相手してもらいましょうか……フフフ……」


 ニーナのその言葉が聞こえた者は、残念ながら騎士や兵士たちにはいなかった。


 ただアルホンヌとクラリッサだけは、恐ろしいニーナ教官の登場に、気合を入れ直したのは確かなのだった。


 ニーナ教官……どうか教育はお手柔らかにお願いします。



☆☆☆



おはようございます。白猫なおです。遂に死ごき部活動再開です。(=^・^=)

アランとベルナールはこの場にはいません。また後で出てきます。m(__)m

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