第111話国王アレクサンドル・リチュオル

 リチュオル国の王であるアレクサンドルは、子供の頃から甘えん坊さんでやきもち焼き屋さんだった。


 それには理由がる。


 アレクが3歳の時、母親が亡くなった。


 まだ甘えたい盛りだったアレクは、余りのショックに毎日泣いて過ごしていた。


 そんな時父親であった前王が連れて来たのが、当時大聖女だったセラニーナだった。


 女神様? と3歳のアレクが驚くほどセラニーナは美しく。


 そして優しく、品があり、何よりも愛情深かった。


 アレクはセラニーナの事を「ママン」と呼び、甘えた。


 二つ上のシェリル、そして一つ上のベランジェが、セラニーナの下に引き取られたのも同じ時期、アレクを含めた三人は遊び相手として、そして競い相手として、姉弟の様に仲良く育った。


 その関係は大人になっても変わらず……


 アレクが王になり、そしてシェリルが大聖女になり、ベランジェが研究者になり、妹、弟の様なアルホンヌ、クラリッサ達が出来ても、皆の仲の良さは変わらなかった。


 そしてセラニーナが亡くなり。


 アレクは大きな悲しみを抱えたが、彼らがいたから乗り切れた。


 なのに……


 セラニーナらしき人物から葉書が届いたとベランジェがアレクの下へやって来た時、喜びよりもショックを受けた。


 アレクにだけは葉書が来なかった。


 アレクだけが誘われなかった。


 アレクだけが頼られなかった。


 ベランジェが喜び、転げ回る姿を見て、蹴飛ばしてやりたい気持ちに駆られた。


 ズルイ、ズルイよ!


 私だってママンに会いたかったのにー!



 ベランジェ達が居なくなってから、国の役員達が騒ぎ出した。


 帰って来てもらわなければ困る。


 彼の方達の替えはいない。


 呼び戻そう!


 探しだそう!


 見つけ出そう!


 ベランジェ達と連絡を取ろうと思えば、連絡を取れるアレクは、騒ぐ役員たちを前にただ黙って頷くだけだった。


 ちょっとぐらい困ればいい。


 私だけ仲間外れにして。


 皆ズルイんだから。


 私だってママンの子供の一人なのに……


 一人ぼっちにするだなんて!




 その後のことは知らない。


 補佐官や街の騎士団からの報告で、あの四人が王都の街中を彷徨いているらしいとの連絡が入ったのはつい最近の事だ。


 いいな、いいな、自由でいいな。


 王であるアレクが街に気軽に出かけるなんてそんなの絶対に無理!


 それもママンと一緒の楽しいお出掛け。


 ママンの側に居れば面白い事が沢山あるのは、一緒に過ごしてきたアレクにもよく分かっていた。


 そう、アレクもセラニーナと一緒にいたい、ただそれだけだった。


 なのに今補佐官からの報告書を読んで驚いた。


 そこには……


『ナーニ・イッテンダーの仲間を捕縛。


 ベランジェ様、シェリル様、アルホンヌ様、クラリッサ様を誘拐した敵国の間者グレイスを逮捕。


 現在重犯罪人用の牢獄に投獄中。


 報告者、バーソロミュー・クロウ』


 それを見たアレクは寒くもないのに震えだす。


 そして暑くもないのに汗が出る。


 ナーニ・イッテンダーと言うのが今のセラニーナ様の名前なのだろう。


 その仲間を逮捕した。


 それもあの地下にある、ドロドロのベチャベチャの禍々しい牢屋に閉じ込めたらしい。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!


 絶対に怒らせた!


 この国が滅びるかも知れない。


 下手したら世界が変わってしまう可能性もある。


 まさか報告もなしに補佐官がこんな勝手な事をするだなんて、アレクは思ってもいなかった。


 仲間思い。


 愛情深い。


 そして優しいセラニーナ様が、仲間を捕まえられてそのままにしておくはずがない。


 アレクは報告書を握りしめ、側にいる事務官に声を掛けた。


「す、すぐにこの報告書の補佐官をここへ呼び出せ! マッハゴーゴーだ! 1秒足り共無駄にするな! 緊急事態だ! 国の危機だぞー!」


 王の余りの慌てように、室内の事務官たちまでもが慌て出す。


 国の危機だときいて、数名の事務官が執務室から飛び出して行った。


 そう、アレクは怒った時のセラニーナの怖さをよく知っていた。


 アルホンヌとクラリッサは幼い頃からヤンチャだった。


 何度二人がセラニーナに躾けられている姿を見たことか。


 アレク自身もそうだ。


 幼い頃だけじゃなくメイドに手を出した時だって、傍から見れば静かに諭されただけだが、氷の上に座らさられ、炎でやかれ、高所から落とされる以上の怖さを感じた。


 怒らせてはいけない相手。


 ドラゴン以上に恐ろしい相手。


 それがセラニーナ・ディフォルト、その人だった。




「陛下、補佐官のバーソロミュー・クロウでございます。報告書の事でお呼び出しとか……私は家臣として当然の事をしたまででございます。褒賞など必要ございません、こうして直にお褒めのお言葉を頂けるだけで、恐悦至極にございます」


 ドヤ顔で自分の成果を話し出す補佐官を見て、アレクは殺意が芽生えた。


 だが、押し止まる。


 そう、ベランジェ達を探そう、帰って来てもらおうと皆が騒ぎ出した時、止めなかったのはアレク自身だ。


 無言は肯定だ。


 補佐官は仕事を全うしただけだ。


 だがちょっと目を離したすきに、何故話が敵国になり、間者になり、投獄になっているかは分からない。


 だが今はそんな事はどうでもいい。


 きっとセラニーナ様は仲間を助けにここまでやって来るだろう。


 ならばとにかく謝って許してもらわなければ。


 アレクは深呼吸をして怒りを静めると、殺してやりたい補佐官にどうにか話しかけた。


「補佐官……何故投獄をしたのか話を聞かせてくれ……」

「ハッ! 間者グレイスは自分を敵国の間者だとは頑なに認めませんでした。ですから私が蹴り上げ、凶悪犯用の牢屋に投獄いたしました。今頃間者グレイスは恐怖のあまり泣き出しているでしょう」


 アーハッハッハッハと笑う補佐官を、アレクこそが崖から蹴り飛ばしてやりたかった。


 セラニーナの仲間の否定の言葉も聞かず、その上暴力を振るった。


 もしそのグレイスとやらが平民だったとしたら、尚更セラニーナの怒りを買うことだろう。


 弱い者への攻撃をセラニーナは絶対許す事はない。


 詰んだ。


 終わった。


 滅亡だ。


 だがアレクだって一応この国の王。


 最後まで足掻いてやる、そう思った。


「補佐官! すぐにそのグレイス殿のところへ私を案内せよ!」

「えっ? へ、陛下自ら拷問を?」

「馬鹿者! 何を言っている! 国の危機だぞ! 皆で平伏してグレイス殿に謝らないとこの国は一瞬で滅びるぞ!」

「えっ? ええええっ? な、何故?」

「補佐官! グレイス殿は何か他に言ってはいなかったか?」

「えっ? あ、ええ、えーと……迎えに来ちゃいますとか……大変な事になるとか、そんな戯言を……」


 補佐官の言葉を聞くとアレクは崩れ落ちた。


 やっぱりセラニーナ様の仲間で間違いない。


 グレイスはセラニーナ様の実力を知っている人物だ。


「ああああ……怒られる……」


 そう言って半泣きになったアレクの耳に、コツンコツンと窓を叩く小さな音が聞こえた。


 そこへと視線を送れば、宙に浮く美しい少女の姿が見えたのだった。

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