第67話グレイスの決断
ベランジェの部屋の片付けは順調に進んでいた。
実はグレイスはアレから何度か騎士や教会関係者、それに研究所の職員達に絡まれていた。
そう、理由はただ一つ。
それはベランジェ、シェリル、クラリッサ、アルホンヌを説得して欲しい! と言うものだった。
何故新米ペーペーのグレイスの下に皆が押し寄せるのか疑問に思ったが、ニーナ・ベンダーからの呪いの葉書の件と、あのベランジェをお風呂に入らせ、その上部屋を片付けさせる事が出来る人材だと、どうやらそんな噂が広まったかららしい……
それも仕方がない事で、下っ端の事務官が急にベランジェの補佐と言う高待遇になったのだ。
やっかみから皆がある事ない事騒ぎ立てるのは仕方がない事だった。
実際のところベランジェは三日に一度しかお風呂に入ってくれないし、それもニーナ・ベンダー様、いや、セラニーナ様の話を出して渋々入って貰っている状況だ。
部屋の片付けもベランジェがしているのではなく、グレイスが一人奮闘しているだけだ。
けれどこれまでのベランジェの研究室を思えば、それでも凄い事らしく
知らず知らずのうちにグレイスは城内で一目置かれる存在となっていた。
ただグレイスにはそんな評判など迷惑でしかなかった。
そう ”説得してくえたまえ隊” が何度も押し掛けてくる為、グレイスは自宅に戻れない日々が続いていた。
研究室には空き部屋があるため、そちらに寝泊まりすることは出来ているのだが、ベランジェに付いて行くかどうか悩んでいるグレイスは、自宅に戻り親に相談したりと、ゆっくり考える時間が正直欲しかった。
「うえー、グリグリって料理も上手なんだー! うんまーい!」
「いつも朝はパンだけだったから有難いぜ、グレグレ、ありがとなっ!」
「ハハハ、私の補佐官は素晴らしいだろう。グレイス以上の青年は中々いないぞー!」
グレイスが作った朝食を喜んで食べているのは、ベランジェ、チュルリ、チャオの三人だ。
朝食は野菜スープとソーセージとオムレツとコーヒー、それにグレイスが粉からこねて作ったパンというグレイスには何でもない朝食だが、この三人にはご馳走だった。
グレイスは小さな頃から自分で何でもやっていた為、家事全般得意だ。
本人だけはその使い勝手の良さに気づいていないが、研究所内ではこの事でもかなり有名人になっていた。
そしてそんな贅沢な食事を口いっぱい頬張っているチュルリとチャオは、呪い課をアッサリ辞めて、今現在ベランジェの研究室に入り浸っている。
仕事に思い入れは?
とグレイスは思ったが、呪い課に勤める人間は優秀すぎる変人。
楽しい事があれば、そちらに靡く事は当然で
辞める理由も「ベランジェ様と新しい場所へ行きます!」と言う簡単なものだったらしい。
悩まないなんて羨ましいとグレイスは思ったが、自分が何故悩むのか……と言う事にも二人のお陰で疑問が持てた。
今現在、給料はかなり良い。
ハッキリ言ってベランジュ様の補佐官として事務課の時の倍は貰っている。
友人と呼べるチュルリとチャオという存在も出来た。
上司のベランジェはお風呂の件では手を焼くとしても、愛らしく憎めない尊敬できる上司だ。
グレイスの事も息子の様に可愛がってくれるし、良く研究所で取れる果物や野菜も実家に持たせてくれた。
そう、事務課で手紙の振り分けだけをしていた時よりも今の方がずっと楽しい。
実家は少し心配だが、兄も弟もいるので何も問題ない。
このままベランジェ様の側に居る方がグレイスにとっても幸せ。
だけどセラニーナ様のもとに、全く関係の無い自分が付いていってもいいのだろうか? とそんな心配が湧いていた。
「あ、あの、ベランジェ様」
「ん? なーに? もうお代わりはいらないよー。流石にお腹いっぱいだものー」
「ベランジェ様食べすぎー! カエルのお腹みたーい」
「その脂肪俺に分けて欲しいッスよ、俺はどんなに食べても食べても太れないからさー」
「うわぁ、チャオさん今全世界の女性を敵に回したよー」
「はあ? 本当の事言っただけだろう?」
「そうだ、そうだぞ、私だって好きで太った訳じゃないのにー」
「あ、あの!」
盛り上がる三人にグレイスは声を掛ける。
三人は笑顔のままグレイスに振り向いた。
この三人が好き。
ずっと一緒に居たい。
グレイスは楽しい時間を過ごし、ベランジェ、チュルリ、チャオと離れがたくなっていた。
「あ、あの、ベランジェ様、私もベランジェ様に付いて行っても良いでしょうか?」
「えっ?」
ベランジェの驚く顔を見て、グレイスはやっぱり認めて貰えないかと思ったが、それでも言わずには居られなかった。
「私はベランジェ様を尊敬しています。だからこのままお側にいさせて欲しいです。勿論分不相応なのも、図々しい事も分かっています。でもこうやって皆さんと過ごせる時間が凄く楽しくて……セラニーナ様、いえ、ニーナ・ベンダー様が許して下さったら、私も一緒に付いて行っても宜しいでしょうか?!」
グレイスは返事が怖くて思わず目を瞑ってしまったが、いくらまってもベランジェからの返事はなかった。
恐る恐る目を開きベランジェの方へと視線を送れば、チュルリとチャオはニヤニヤしていて、ベランジェはポカンと口を開けてグレイスを見ていた。
グレイスは仕方なくもう一度ベランジェに声を掛ける事にした。
「あ、あの、ベランジェ様?」
ベランジェはカトラリーを乱暴にテーブルに置くと、普段見せない素早さでグレイスに抱きついて来た。
当然の事に驚くグレイスだったが、チュルリとチャオは助けるどころかニヤニヤが止まらない様だった。
うおーんと泣き出したベランジェは、今度は大きな声で騒ぎだした。
「グレイスー! ひどいー! 私を捨てる気だったのー?! 信じられない! 私はもう君無しじゃ生きて行けないのにー!」
「えっ? ええっ?!」
「ダメ、ダメ、ダメー! グレイスはどこにもやらないよ! 王様にだってグレイスは私のだって言ってあるんだ、絶対に離さないからねー!!」
「えっ? えええー?!」
どうやらグレイスが凄いやつだと言う不思議な噂が流れたのも、ベランジェが王様の前でグレイスをべた褒めしたという理由がある様だった。
嬉しい様な、ちょっと困った様な。
だけどベランジェと一緒に居られる。
チュルリとチャオともこのまま過ごせる。
それはグレイスにとってこの上ない幸せである事は確かだった。
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