第47話面白い葉書②
チェルリとチャオの凸凹コンビは、第16事務課に向かって歩いていた。
二人の予想が正しければあのニーナ・ベンダーからの消えた葉書は、今日また第16事務課に届いているはずだとそう思ったのだ。
チェルリとチャオは普段呪い課の研究室から余り出ない為、事務課が並ぶ廊下を歩くのは新鮮だった。
見知らぬ二人の姿に事務課の者達がチラチラと見て来る。
それも当然で、凸凹コンビの二人は身長差でも人目を引くし、チュルリの個性的なマッシュルームヘアーと、チャオの手入れの入っていないモジャモジャ頭でも目立っていた。
事務課の職員達は貴族の子息が多い。
その為身支度は隙のない程キチンとしているし、清潔感丸出しのキッチリ、バッチリしている者が多い。
いつ王や王子の目に止まるかも分からない以上、事務課にいる限り身嗜みは当然の事だった。
それに比べ呪い課の二人は研究が全てだ。
研究で結果さえ出れば後はどうでも良い。
第一キノコ好きのチュルリはともかく、チャオはあまり身嗜みに興味など無い。
そう、好きな物にしか興味がない。
チュルリの髪型だって大好きな毒キノコの影響だし、チャオのだらしなさだって、研究の事しか頭に無いからだ。
そしてそんな二人は周りの事など気にする様子も無く、第16事務課の扉をウキウキしながら叩いた。
「おはようございまーす。呪い課でーす。昨日ウチに来た……えーと、何さんだったかな?」
「なんだチュルリ、おまえ話した時に聞かなかったのか?」
「チャオさんこそ名簿見たんですよね? 覚えて無いんですかー?」
研究の事にしか興味が無い二人は、昨日呪い課に来た職員の名前など覚えていなかった。
下手したら顔も覚えていない可能性もある。
二人とも葉書と送り主の ”ニーナ・ベンダー” にしか興味が無かったので、それも当然だった。
「あ、あの……何かありましたか?」
まだ朝早い時間だった為、職員達はそれ程出勤はして居なかった。
なので運よく昨日の事務官の青年グレイスが、チュルリの顔を見て慌てて飛び出しきたのだが、チュルリは、この人だったけ? ぐらいの残念な感覚だった。
「えーと、もしかして、昨日呪い課に来てくれたお兄さんですかー?」
「は、はい。そうです。第16事務課のグレイスと申します。あの……葉書は……もしかして何かあったのでしょうか?」
チュルリとチャオは心の中で(グレイス、グレイス)と名前を覚えるためにグレイスの名前を復唱していた。
興味のある事は一瞬で覚えるが、どうでも良い事は覚えが悪いのが呪い課の研究員の特徴だ。
例えばここでグレイスが二人に呪いでも掛けてくれたら、グレイスの名前を嬉々として一瞬で覚える事だろう。
けれど今日話をするだけならば、明日にはグレイスの名は忘れているはず。
そんな残念なところがあるのが呪い課の特徴だった。
「グレイスさん、えーと、実はそうなんですー。ちょっと葉書の事でお話しがありましてー、今お時間大丈夫ですかー?」
「あ、ええ、勿論大丈夫です。あの、応接室へどうぞ」
チュルリとチャオはグレイスの案内で第16事務課の応接室へと通された。
早出している事務課の職員達が 「なんだ? なんだ?」 と目立つ凸凹コンビに視線を送る。
けれどチュルリもチャオもそんな事は気にする様子もない。
ただ事務課の中の整理された棚の中や、整っているデスクの上などが面白くて仕方が無かった。
この人達仕事をしていないのかなー?
と二人が思う程、事務課の中は綺麗だったからだ。
「良かったらお茶をどうぞ」
「「有難うございます」」
グレイスが二人にお茶を入れてくれた。
それを飲んだ瞬間二人の顔が固まる。
不味い。
凄く不味い。
普段セラニーナが作ったお茶であるハジキ茶(世間では高級茶葉)を好きなだけ飲んでいる二人にしてみると、事務課の安っいお茶はとてもじゃないが飲みたいとは思えない代物だった。
二人は一口だけお茶を飲んだ後は、笑顔のままカップを置いた。
それぐらいの気遣いは、呪い課のチュルリとチャオでも出来るのだった。
「あ、あの、それでお話しとは? あの葉書はやっぱり呪いだったのでしょうか?」
心配気な表情で、少し身を縮こめながら聞いてくるグレイスに、チュルリは良い笑顔を向けた。
「あのですねー。実はーあの葉書、消えたんです」
「え? ええっ?!」
グレイスの驚きを見て、チュルリは(うん、そうなるよねー)と(僕も驚いたんだよー)と頷く。
その横でチャオはソファでくつろぎニヤニヤ顔だ。
人が驚く顔はチャオにとってご馳走らしい。
「グレイスさん、落ち着いて下さい。これは盗まれたとかでは無くってですねー。葉書が自分から逃げ出した……と僕たちは思っているんです」
「逃げ出した……? それって……まさか……」
「はい。グレイスさん、流石散々あの葉書と遊んだ……ゴホンッ、苦労しただけあって、察しが良いですねー。そうなんです。あの葉書は今日またこちらに届く可能性がある。そう言う事なんです」
「ひっ!」
グレイスは怯えた声を上げると、ブルブルと震え出した。
あの葉書は呪いの葉書では無いとチュルリが説明をしたが、それでもやはり恐ろしいことには変わりがない様だった。
「それでですねーグレイスさん。手紙っていつも何時頃届きますかー?」
「あ、あ、あの、お、お昼前ぐらいに……」
「うーん、じゃあ僕達その頃また受け取りに来ますねー。それで良いですかー?」
「えっ! ええっ! か、帰っちゃうんですか?!」
グレイスはもうあの葉書は、見たくも触れたくもない様だ。
だけどチュルリとチャオも仕事がある。
第16事務課にずっといる訳には行かない。
うーむとチュルリが悩んでいると、チャオが口を開いた。
「グレイスさんよー、じゃあ郵便屋が来たら連絡くれ、葉書が消えたのは油断してたコイツが悪い。俺達が手紙の仕分け手伝うからよー」
グレイスは渋々ながらもそれならばと納得をしてくれた。
そしてあの葉書の一通は大聖女神殿から、そしてもう一通は別の部署から預かったもののため、すぐに連絡を入れるとも言ってくれた。
意外と頼りになるグレイスに別れを告げ、チュルリとチャオは一旦呪い課に戻る事にした。
そう、凄くワクワクしながら。
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