1-2.
開店前の薄暗い店内は、周りが日の当たらない鉄筋コンクリのおかげか、一歩入っただけでもわかるほど明らかにひんやりしていた。
シャッターを開けるのに使ったグローブを、入口すぐのレジカウンターへ放り投げた。
「適当に、なんかその辺座ってろよ」
カウンターの中に入りながら、入口のそばにある真っ白なイートインスペースを指さした。少年が無言で壁側に一番近い席を選び、ちんまりと丸椅子に座った。
持ってきた小さなバッグをカウンターの上に置いた。中から小銭と千円札を取り出す。コインストッカーに小銭をはめ込み、金額を確認しながらレジに入れていく。
作業をしながら横目で少年を見た。椅子に座ったまま、店内を見回している。
正直、関係ない人間に店内をじろじろ見られるのは好きになれないな、とマークは思った。
このバカでかい看板をつけてある店舗は、いわゆる普通のコンビニみたいな作りをしている。入口は採光も兼ねた全面ガラス戸になっていて、外から中がどうなってるのか丸見えになっている。入口側には雑誌のほか、今少年が座っているイートインスペースが4席。食品や菓子を売るよくある棚が中央に2列あり、これまたよくある感じで店舗の奥に飲み物や冷凍食品を並べてある。ちょっと変わったものとしては、イートインスペースの上、天井の角に吊るしてあるテレビなど。
一点絶対的な違いがあるのなら、ほとんどの商品がフィリピン関連のものだということだ。
店内を見回していた少年と目が合った。なんとなく、お互いに目をそらした。
多分日本人だろう。マークは思った。顔の作りといい、フィリピン人の肌の色じゃない。日にあたると黒くならずに赤くなる。絶望的に青白くて夏が似合わないタイプ。そんな色をしている。
どんな理由でうちに来てんだ?しかもアランに。子供が。
釣銭の用意を終え、開店のため冷房のスイッチを入れた。
「なあ」
店内を見回す少年にマークが声をかけた。
「のど乾いてたりする?」
突然の質問に、驚いたような顔をした少年が無言でうなずいた。
レジを出て店の奥に向かった。のど乾いてる?と聞いたが何がよろしいのか。一瞬迷ったが、適当に3本手に取りイートインスペースへ戻った。
テーブルに炭酸水とコーラとパイナップルジュースをトントントンと置いた。
「どれがいい?」
少年が、マークを見ながら無言でパイナップルジュースを指さした。ご指名のものを渡し、少年との間に席を空けてマークも座った。
「アランの件だけどさ」
コーラを飲みながらマークが口火を切った。
「あいつ、さっきすぐ来るっていってたけどさ。あいつのすぐは1時間だったり2時間だったり、下手したらまあ、すげえのよ。だからまあちょっと」
気長に、そう言おうとして言葉を止めた。
少年越しに見えた外の道路から、小太りで茶髪の中年が、太陽に照りつけられながら全力でこっちへ走ってきた。
叔父のルシオだ。
走ってきた勢いで自動ドアにへばりついた。電源が入っていると思ったのだろう。べっとりとドアに皮脂を張り付けながら、ドア越しに目と目が合った。
- お前、電源入れてねえのか。
バックベアードみたいに血走った目からひしひしと感じる。すげえ嫌なもんを見たなとマークが思った。
態勢を戻したルシオが、電源の入っていない自動ドアを強引にこじ開けて中に入ってきた。肩で息をしながら顔面に張り付いた髪の毛をぬぐい少年を凝視している。
ルシオがマークの近くにあった炭酸水を奪うように手に取り、一気に飲み干してテーブルに叩きつけた。
「お前がァ」
盛大にげっぷした。
「お前がァ」
言い直しやがった。
「シーラのことで来た奴か!」
「はい」
固まったまま少年が即答した。
ルシオのほうに手を向け、のんびりとおおらかな口調でマークが口を開いた。
「こいつが、オーノギ・ルシオ。アランの、弟」
のけぞった姿勢で固まったまま、少年が目だけ横滑りさせてマークを見た。
ルシオがポケットからハンカチを取り出し、顔から頭までもみくちゃにぬぐいながら奥のドリンク棚へ消えていった。
マークが硬直している少年に声をかけた。
「アランはいねえからさ。ルシオなら知ってんじゃねえかな、って思ってさ」
棚から水を持ってきたルシオが、マークと少年の間にあった丸椅子をもぎ取り、離れた場所に無造作に置いて座った。
「お前、は、小畑か」
「はい」
硬直したまま、少年が口を開いた。
「下の名前は」
ルシオからの質問に、少年が無言で固まっている。
返答しない少年を見ながら、ルシオが持ってきた水を一気に飲み干した。
「おいマーク」
「なんだよ」
「お前、ちょっと店出ろ」
「え?」
今から開店するんですが。マークの言いたいことを無視してルシオが続けた。
「今からこいつと話をするから、お前は事務所にいってろ」
「いやお前」
いきなりのルシオの話に、マークが思わず少年を見た。
目が合った後、少年の表情がばつの悪そうな顔に変わった。軽くマークに会釈をし、視線を外した。
なんだ~こいつ~。もう用は済みましたでも言いてえのか~?
ルシオが早くいけとでも言わんばかりににらんでくる。
なんとなく腑に落ちないが、マークが席を立った。
「終わったら連絡くれよ」
マークを追い払うように、ルシオがドアのほうに手を向けた。
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