ロワー領主

「大丈夫です……」


 謁見の間で領主を待つ間、やけにフェルナンドに注目されているような気がする。


「やっぱり汚いですか?」

「いや、そうではない。不躾に見てしまったな。カエデ、其方が生きていて良かった。オスカルゴ様にもこれで顔向けができる」

「はい。ありがとうございます?」


 なんで今、オスカーの話が出て来るん?

 カランとベルが鳴ると奥の豪華な扉が開き、領主と思われる50歳前後の男性が現れた。身長はフェルナンドよりも低くやせ型だが、眼光は鋭くなんだか雰囲気は威厳がある。どことなく顔はフェルナンドに似ていた。領主の後ろにはニコニコとする目の笑っていないマルゲリータがいた。何あの顔、怖い。


「カエデ~カエデ~」


 何故かマルゲリータのことが好きなギンが一生懸命に手を振る。マルゲリータもギンの健気なアピールに気付いたのか小さく手を振り返すとギンは大喜びした。

 謁見の間にいた私兵や使用人が全て退室すると領主が口を開く。


「カエデ、其方とは初めての顔を合わせるな。私はロワー領主ガブリエル・ロワー男爵である。フェルナンドの報告通り、年端も行かぬ子供であるな」


 だから子供じゃないって! 言い返そうと思ったけど、マルゲリータとフェルナンドの鋭い眼光のせいで反論するのをやめる。もうキッズでいいよ。黙ったのを返事と受け取ったガブリエルが話を続ける。


「若くともその功績は高い。うむ、よく見ればとても可愛らしい。ミュラン伯爵が気に入るはずだ。なぁ、マルゲ」


 丸毛? ガブリエルが隣にいるマルゲリータに微笑みながら声を掛ける。どうやらマルゲはマルゲリータの愛称のようだ。丸毛にしか聞こえないけど。


「そうでございますね。ミュラン伯爵様がまさかあのような物を準備されていたとは」


 マルゲリータが胸元に手を添えながらそう言うと、二人は目を合わせ笑う。仲良いな、この二人。でもミュラン伯爵ってだれ? 何を用意したって? 説明して、説明! お願いだから。


「あの、そのミュラン伯爵って――」 

「まぁ、待ちなさい。先ずは私からの感謝の品だ。フェルナンド、カエデに例の物を」


 それからガブリエルは淡々と今回のローカスト討伐、私兵に助力したことに賊の捕縛を含め感謝された。


「カエデ、こちらを」


 フェルナンドからベルベットの袋を受け取る。これ、金だね。いいよ、いいよ。お金はたくさんあるけど、貰えるなら貰う。袋を受け取り、ガブリエルに礼を言う。


「ありがとうございます」

「良い。それからもうひとつ、モーリシャス伯爵から報酬がある」


 そう言って目の前に出されたのは銀と茶色で刺繡された鹿の付いた袋だった。忘れていたけど、以前賊の住処から奪った白金貨の持ち主の伯爵のお礼の品らしい。この鹿の紋章はその伯爵家のらしいけど、迷いの森に行く前に同じ紋章の馬車を見掛けた。あれが伯爵だったん? 面倒そうだから避けたけど。袋は結構ずっしりとしていて期待できそう。異世界に来てからちょっとした小金持ちじゃん!


「カエデ~ギンも」


 礼を言い、袋を受け取ると鹿の刺繡を気に入ったギンに渡して収納してもらう。

 お金の受け渡しが終わると静かになった謁見の間でガブリエルが口を開く。


「それで、中隊長エミルの報告内容だがな、うーん、実に興味深かった……」


 本題か……不思議水のことなら話す予定はない。この人、一言一言ゆっくりで間が長くてもどかしい話し方で困る。


「同時展開の魔法、黒煙の魔法、尽きない魔力、フェンリルの使役、謎のポーション……それに――」

「領主様」


 マルゲリータが止めるように遮る。ガブリエルは隣に視線を移すと、うんうんと頷く。


「そうであるな。これ以上はミュラン伯爵にお叱りを受けてしまうのでやめよう」

「あの、そのミュラン伯爵とは誰でしょうか?」


 さっきから何度も話題になるミュラン伯爵についてやっと尋ねると三人が可愛そうな子を見る目を向ける。やめて。


「カエデ、これはミュラン伯爵から男爵家で預かっていた物だ」


 フェルナンドから賞状のような紙と手紙を受け取る。これ私の名前が書いてあるんだけど……。

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