痛いです。

 キャウーンーー。


 遠くから木霊するのは…うどんの声だろうか? ユキは滅多に甘えない。甘える様なこの鳴き声はうどんの声だろう…

 車並みの巨体の猪に追いかけられて…何かに引っかかって転んで、頭を打った所で記憶は途絶えてる。頭を強くぶつけたのは覚えている。今は痛いと言うより、二日酔いのそれだろうか? 気持ちがフワフワする。ウイスキーをチェイサーに何杯もビールを飲んだ次の日の朝の感覚だ。

 今は朝なのか? いや違う。微かに何度も目を開けては閉じるが、辺りは暗く静かだ。

 視界が霞む。視界が明確ではない分、研ぎ澄まれた嗅覚には刈りたての草と土の匂いがする。それから、何この生臭い匂い? ねっとりと顔に絡み付くその匂いから逃げる事ができない。



「臭い!」



 カッと目を見開く。

 目は開けたが、朦朧とする視界にはユキの顎が見える。ユキの口の匂いか。私、生きていたんだね。そして、まだこの世界にいるんだね…

 外は暗い。何時なのだろうか? 分からない。

 ユキを撫でると、濡れている。雨が降ったの? 手に付いたは鉄の匂いが漂った。

 ドロっとしたこの感覚は血だ。目を開けたが、視界はまだ点々と白く状況が掴めない。



「ユキ…うどん…」



 二匹の遠吠えが聞こえる。ユキもうどんも無事で良かった。二匹の声を聞き、安心したのか、再び気絶する。



 キャウーンーー。



 今度はハッキリと目覚める。目の前に居るのはうどんだ。耳をピクピクとしながらこちらを覗いている。

 皆んな、車の猪から助かったようだ。印を見ると、ちゃんと膜内にいる様だ。地面には引きずった跡がある。どうやら、ユキが私を膜内に引きずって助けた様だ。

 先程のユキに付いていた血は怪我だろうか? 横になっているユキを撫で確かめる。ユキの血ではない様だ。ホッと安心してユキを撫でている自分の手がおかしい事に気づく。小指と薬指が明後日の方向に曲がっている…折れてる?脱臼?



「指がおかしい…」



 指が曲がっているのに痛くない。いや、痛い。徐々に感覚が戻ってくる。



 痛い痛い痛い痛い。



 指だけではなく、全身が痛い。痛さのあまり嘔吐する。他にも怪我をしているか確認したいが、暗さと痛みで良く見えない。一番痛いのは指なので、他は重傷じゃないと願いたい。

 ユキが落ちていたバックパックを口で拾い、ドサッと私の前に置く。



「ユキちゃん!! ありがとう!」



 辺りは暗いが、ユキたちは真っ白なのでよく見える。心なしか、ユキが発光している様に見える。今まで、ユキたちを夜に間近で見た事はなかったと思う。顔は狐だが、多分狐じゃ無い。異世界アニマルだね。

 いてて…それよりも、不思議水だ。あれを飲めば、今よりも大分マシになる、はず。

 指を明後日の方向のまま治す訳にはいかない。

 数分ほど、できるできるできると自分を洗脳する。指に触れると激痛が全身にする。大丈夫大丈夫大丈夫。クッと一気に時間を置かず、両方の指を元の位置に戻す。



「あがぁぁぁぁぁ」


 

 痛さで鼻水と涎が出る。

 急いでゴクゴクと不思議水を飲む。不思議水は私の渇いた喉を潤し、治癒の効果が全身に染み渡るように広がっていく。あー。生き返るー。身体から痛みが引いていく。指は完全に治っているか分からないが、痛みは無い。

 確認したバックパックには、いくつか物がなくなっている。多分、転がった時に落としたのだろう。明るくなってから、探すしかないね。

 ユキたちにも不思議水を飲んでもらう。怪我はない様だが、念のため。

 ゆっくりと立ち上がる。大丈夫そうだ、ちゃんと歩ける。



「ユキ、うどん、お家に帰ろうか」



 遺体じゃなくて痛いで済んで良かった。

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