第156話 なにそれおいしいの
「ぐがー」
「おい、いつまで寝てるんだよ。そろそろ起きろ」
アーセルにある我が家。
昼になっても眠りこけているセナを起こすべく、僕は少し離れた場所から声をかける。
あの窃盗の男みたいに投げ飛ばされたくないしね……。
「ん~……もう朝?」
「朝どころか昼だぞ」
「夜になったら起こしてー」
「延長が大胆過ぎる!」
王都を観光し、リヨンたちに会ってから数日。
シーファさんたちが昇格試験に備えるため、冒険者業が一時中断しているのをいいことに、セナは誰かさんのように惰眠を貪っていた。
「王都の観光はしないのか?」
「飽きたー」
「もう飽きたのかよ……」
家でずっとゴロゴロしているくらいなら、観光して遊んでくれている方がまだ健全なんだけれど。
……いや、あれに付き合わされるのはしんどいから、やっぱ寝ててくれた方がマシか。
「でも、武術大会に出るんだろ? 訓練とかしておいた方がいいと思うぞ」
「くんれんなにそれおいしいの?」
「……筆記試験をスキップしたいんだったら、優勝しないと意味ないんだぞ? そんなに簡単なことじゃないって。ほら、ララさんも気合入ってるみたいだったしさ」
「んー」
セナは寝ながら器用に首を傾けると、
「ララちゃんくらいだったらたぶん楽勝だけどねー」
「本当に自信があるのか、ただの過信なのかは分からないけど……」
また寝てしまったぐうたら娘のことは放っておくことにして、僕は第二家庭菜園へと転移した。
「にゃにゃにゃ!」
「ぴぴぴ!」
最近は完全にこっちで飼っているミルクとピッピが瞬時に察して、家の中から飛び出してくる。
「元気だったか?」
「にゃにゃにゃ!」
「ぴぴぴ!」
「うわっ、ちょっ……」
もふもふとふわふわに挟まれ、揉みくちゃにされてしまった。
気持ち良いから許す。
少し遅れて、三匹目が恐る恐る顔を出した。
「くるる~」
漆黒の鱗のドラゴンだ。
最初はピンク色だったけど、生まれて三日もすると真っ黒になっていた。
僕に懐いてくれてはいるんだけれど、ちょっと引っ込み思案な性格らしい。ドラゴンなのに。
だから首だけ出して、こっちの様子を窺っているのだ。
「クルルも元気にしてたか?」
「くるるーっ!」
声をかけてやると嬉しそうに駆け寄ってきた。
クルル、というのはもちろんこの子の名前だ。
「それにしても、どんどん大きくなるなぁ……」
「くるるー?」
ちょっと前に生まれたばかりなのに、すでにミルクやピッピに引けを取らない大きさだ。
さすがはドラゴン……一体どこまで成長するのだろう?
レッドドラゴンは十メートル以上、ファフニールに至っては二十メートルあったけど……まさか、そこまでは……。
ちなみにピッピの体格はすでにミルクを抜いている。
体重は軽いけど。
クルルの好物はお肉だ。
菜園で獲れた肉をあげると、とても喜んで食べてくれる。
「くるる~っ!」
「ん、どうしたんだ?」
クルルが「見てて見てて!」とばかりにアピールしてくるので、何をするんだろうと注目していると、地面を蹴って走り出した。
さらに翼を大きく広げ、空へと舞い上がる。
「おおっ! 飛んだ!」
「くるるるるーっ!」
悠々と空を飛行するクルル。
さすがはドラゴンだ、こんなに早く空を飛べるようになるなんて。
そしてピッピとは違う、ちゃんとした飛び方だ。
「ぴぴぴぴぴっ!」
対抗するようにピッピも空へ。
こちらは飛ぶというか、空中を蹴るといった感じだけど、速度はクルルにも負けていない。
やがて二匹は並走する。
「にゃにゃにゃ!」
一方、空を飛べないミルクは地面を走って二匹を追いかけた。
捕まえようというのか、時々ジャンプしているけれど、届くはずもなく。
「にゃ……」
「き、気にする必要ないって! ほら、僕だって飛べないし!」
悲しそうに戻ってくるミルクをもふもふして慰めてやる。
しばらくすると、空中での追いかけっこに飽きたのか、二匹とも地上へと戻ってきた。
「凄いな、クルル。もう飛べるようになったんだ」
「くるるー」
褒めてやると、ドヤ顔で鳴くクルル。
そして何を思ったか、僕の目の前でしゃがみ込んだ。
まるで背中に乗れとでも言っているかのようだ。
「え? 乗っていいの?」
「くるるー」
「だ、大丈夫かな……?」
恐る恐る背中に跨る。
手綱も何もないので、首にしがみつくしかない。
「くるるーっ!」
「うわっ!」
加速していくクルル。
僕は振り落とされないよう、腕に力を込めた。
まぁ最悪、落ちても柔らかい畑がクッションになってくれるだろうけど。
直後、クルルが僕を背中に乗せたまま空へと飛び上がった。
「くるるる!」
「す、すごい! 本当に飛んだ!」
家庭菜園でよく空を飛んではいるけど、それと違って足場がしっかりしていないのでちょっと怖い。
激しい風が頬を叩き、クルルが左右に蛇行するたびに振り落とされそうになってしまう。
だけどその分、空を飛んでいるという実感があった。
「ぴぴぴぴっ!」
万一を心配してか、ピッピが後を追いかけてきてくれた。
もし落ちたら助けてくれるつもりだろう。
それにしても、ドラゴンに乗って空を飛ぶなんて、まるで竜騎士みたいだ。
竜騎士と言うのは、読んで字のごとくドラゴンを乗りこなす騎士のことで、彼らを題材にした物語が幾つもあるほど。
もちろんドラゴンを扱うのは簡単なことじゃない。
そのため実際に竜騎士を運用している国は、世界でも数えるほどしかないらしかった。
「くるるー」
しばらく空を旋回した後、地上へと戻ってきた。
「凄いね、クルル。僕を乗せても飛べるなんて」
「くるる!」
やはりドヤ顔のクルル。
「にゃ……」
「あ、ミルク……」
一人だけ地上に残されていたミルクが、ちょっと拗ねてしまっていた。
……今度、家庭菜園に乗せて一緒に空を飛んであげよう。
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