第113話 橋を架けよう

 家庭菜園が川の上空を飛んでいく。

 高いところが怖いアニィは外を見ないようずっと下を向いている。


 壊れた橋を見ながらシーファさんが言った。


「橋がないと不便」

「そうですよね……」


 物資が不足して困っている状態だというのに、運搬しようにも道中の橋が壊れてしまっているのだ。

 どれくらいで橋が再築されるのか分からないけど、それまでずっと不便を強いられることになるだろう。


「っ、そうだ」


 そこである妙案を思い付いた。


「ジオ?」

「上手くやれば簡単に橋が架けられるかもしれません」








「よし、これなら迂回することなく川を行き来できるはず」


 僕は満足して頷く。


 壊れた橋のすぐ隣。

 そこに新たな橋が架かっていた。


 完成まで十分もかかっていない。

 それなのに今までの橋よりもきっと強固だ。


 どうやったのかと言うと、長く伸ばした状態の家庭菜園を、そのまま川を跨ぐように置いただけだ。

 ちゃんと橋の両側に、川に落ちたりしないよう塀を設けている。


 上を歩いてみたけれど、ほとんど地面を歩くような感覚だ。

 広さも馬車が通りすがれるくらいにしておいた。


「わー、お兄ちゃん、すごい!」

「うん、すごい」

「ひひーん」

「……ていうか、これ、いいの?」


 みんなが賞賛してくれる中、アニィが不安そうに訊いてくる。


「え? 何で?」

「だって、どう見たってこんな橋ないじゃない! 普通、この長さだったら橋脚があるものでしょ!」

「橋脚?」

「あれよ、あれ!」


 言われて見てみれば、これまで架かっていた橋には、今は壊れてはいるけど川の中で橋を支えていた土台のようなものが付いていた。


 もちろん家庭菜園で作った簡易の橋にそれはない。

 真っ直ぐな板をそのまま川に置いたような感じになっている。


「強度はしっかりしてるから大丈夫じゃないかな。それにあの橋脚があると、川が氾濫したときかえって橋が壊れやすくなりそうだし」

「そういう問題じゃなくて……こんな橋、どうやって架けたのかって話になるでしょ? まぁ、こんな短期間で橋を架けたって時点ですでにおかしいけど……」


 確かに、言われてみたらそうだ。


「僕らが通ろうとしたときにはすでに架かってた、ってことにすればいいと思う」


 必殺、知らないふり。

 どうせ誰も見ていないんだし、きっと大丈夫――


「おお~いっ!」


 そのときどこからか声が聞こえてきて、僕たちは咄嗟に視線を向けた。

 四十ぐらいの中年男性がこっちに走ってくる。


 慌てた様子で駆け寄ってくると、男性は息を切らしながら訊いてきた。


「もしかしてこの橋、あんたたちが架けてくれたべっ!?」


 も、もしかして見られていた!?


「ええっと、あなたは……?」

「おらはこの先の村の人間だべ! 壊れた橋の修復に向けた調査のために来たんだべ! そうしたらおらの目の前で、見知らぬ橋が川に架かっていったじゃないべさ! おらさ、びっくりしたべ!」


 男性は興奮した様子でそう言いながら、僕が川に架けた家庭菜園の上に乗った。


「おお! とても丈夫そうだべ! これなら馬車だって通れるべ!」


 橋ができたことがそんなに嬉しかったのか、男性はしばらくはしゃいでから、こっちに戻ってきた。


「ありがたや! ありがたや! だげど、一体こんな立派な橋、どうやって架けたべ? おらには、橋が動いて川に架かっていったように見えたべさ?」


 どうやらばっちり見られていたらしい。

 僕は慌てて言った。


「ま、魔法です、魔法!」


 サラッサさんを見ながら、僕はどうにか誤魔化す。


「この方、土魔法が得意なんです。それで橋を架けたんですよ」

「えっ」

「あんたの魔法だったべ! こんな立派な橋を一瞬で架けちまうなんて、どえらい使い手だべさ!」


 信じてくれたらしく、男性は戸惑うサラッサさんへ尊敬の眼差しを向けた。


「(ちょっ、どういうことですかっ)」

「(すいません! でも、これしか思いつかなくて……)」


 サラッサさんには悪いけど、橋は彼女の魔法で作ったことにしておいた。

 得意なのは雷魔法だけど、他の魔法だって一通りは使えるらしいし。


「(さすがにこんな橋は作れないです……)」


 それから僕たちは、村に物資を届ける依頼を引き受けた冒険者であることを男性に伝えた。

 するとさらに喜ばれて、


「何から何まですまないべ! あんたたちは村の恩人だな! そうだべ! 一足先に村さ戻って、みんなに伝えておくだ! そしてめいっぱい持て成すべ!」


 そう言い残すと、慌てて村の方へと走っていってしまった。


「……随分と騒がしい人だったわね」

「う、うん。だけど、大丈夫かな? 持て成すって言っても、わざわざ冒険者に物資の輸送を依頼していたくらいだし、備蓄なんてあまりないと思う」

「確かに」







「はぁ、はぁ、はぁ……おお~い! 帰ったべ~っ!」

「あんれ? お前、橋を見に行ったんじゃなかったべ? もう戻ってきたんか?」

「それが、もう橋が架かったんだべ!」

「な~に寝ぼけたこと言ってんだ」

「寝ぼけてなんかないべ! 本当に新しく橋が架かっただ! 冒険者さんたちのお陰だべ!」

「冒険者? というのは、もしかして後ろの?」

「へ?」


 振り返った村の男性は、僕たちを見て目を丸くした。


「な、何でもうあんたらがいるだ!?」


 こっそり後を付けてきたからね。

 かなり速く走ったみたいだけど、家庭菜園なら余裕で、しかもバレずに付いていくことができる。


「はい、お届け物です」


 ひとまず依頼されていた物資を渡すことにした。

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