第99話 ドワーフが来た
どおおおおおおんっ!
突然、第二家庭菜園の北西の方角から大きな音が響いてきた。
何事かと思って駆けつけた僕は、結界の向こう側に巨大な人影を発見した。
筋骨隆々な大男だ。
だけど身長はそれほど高くはなく、脚が短くて、ずんぐりとした体形である。
顔の下半分を立派な髭が覆い尽くしていて、一瞬、魔物かと思ってしまったけど、れっきとした人間だ。
ただし、たぶんドワーフ族だと思う。
ドワーフは見た目の割に手先が器用で、鍛冶や石工などを得意としている。
アーセルの街でも時々見かけることがあった。
ただ、ここまで横幅が広くて、がっしりした身体つきのドワーフを見たのは初めてだ。
身長もポピット族ほどではないけど総じて小柄で、僕より小さい場合が多いのに、目の前のドワーフは僕と同じかそれ以上はありそうだった。
「うーむ、なんとも不可解だな。まるで見えない壁があるかのようだ」
そのドワーフは結界の前で首を傾げて唸っていた。
菜園隠蔽のスキルで、向こうからはそこに何もないように見えるのだ。
結界は上空までカバーしているため、防壁と違い乗り越えて中に入ってくることもできない。
と、そのとき何を思ったか、ドワーフは少し結界から離れて、
「ぬおおおおっ!」
雄叫びとともに突進してきた。
どおおおおおおおおんっ!
激突の瞬間、大きな衝突音が響き渡った。
どうやら先ほどの音は、このドワーフが結界にタックルした音だったらしい。
結界がびりびりと震え、壊されてしまわないかと心配になるほどだ。
……ブラッドエレファントの体当たりにも、ビクともしなかった結界なのに。
「やはり無理か……仕方がない、迂回するとしよう」
ドワーフは諦めてくれたのか、結界に沿って歩き出す。
うん、彼には悪いけれど、できるだけこの菜園のことを知られたくないからね。
イオさんはちょうど結界の一部を開けていたときに入ってきちゃったし、死にかけていたから助けたけれど。
結局ただの空腹だったけどね……。
「クエエエエッ!」
「む?」
「あっ」
そのとき空からあの耳障りな鳴き声が響いてきた。
見上げると、そこにいたのはあの巨大な鳥の魔物だ。
「スチュパリデス……っ!」
という名前らしい。
あれから少し調べてみたのだ。
しかしもちろん、結界があるため菜園に侵入することはできないし、毒のフンももはや効かない。
あと今は菜園隠蔽を使っているので、そもそもこっちに気づくことはないはずだ。
ただ、結界の外にいるドワーフは別だ。
「クエエエエッ!」
「ぬおっ!?」
スチュパリデスはいきなり地上のドワーフ目がけ、猛毒のフンを巻き散らした。
ドワーフは咄嗟に直撃は回避したけれど、あのフンの恐ろしいところは、立ち昇る悪臭を吸ってしまっただけでも体内が侵されてしまう点だ。
さすがに見て見ぬふりはしていられなかった。
僕は隠蔽と結界の一部を解除し、叫ぶ。
「こっちです!」
「っ!? どこから現れた!?」
「そんなことより、早く結界の中に!」
ドワーフは訝しそうにしつつも、こちらへと駆け寄ってきた。
すぐに結界を閉め、再び菜園隠蔽を使う。
少し悪臭が入ってきた。
念のため僕も少しアンチポイズンポーションを飲んでおいた方がよさそうだ。
先日の一件以来、腰のポーチに常備させているそれを取り出すと、自分でほんのちょっとだけ飲んでから、
「これ、飲んでください」
「む? これは……アンチポイズンポーションか?」
「はい。凄く効き目が良くて、あっという間に身体が楽になると思います」
「わしには必要ないが」
「え? でも、スチュパリデスの毒を……」
言いかけて、気が付いた。
目の前の屈強なドワーフが至って健康そうなことに。
僕があの毒フンから発生する空気を吸ってしまったときは、すぐに苦しくなって、意識が朦朧としてきた。
こんなふうに平然としていることなど到底できなかっただろう。
「そう言えば、少し鼻と口に刺激があった気がするな。しかしその程度だ」
えええ……。
ドワーフだからか、それともこの人が特別なのか分からないけど、どうやら平気らしい。
「クエエエエッ……?」
頭上で旋回を続けるスチュパリデス。
いきなりドワーフの姿が消えたので戸惑っている様子だ。
「うむ、それにしても目障りな鳥だな」
ドワーフはそう言いながら、どこからともなくハンマーのようなものを取り出すと、
「それっ!」
スチュパリデス目がけて投擲した。
「あっ、間に結界を張っているので――え?」
ハンマーが結界に弾かれるかと思いきや、すり抜けてしまった。
もしかして向こうからの侵入は防ぐけれど、こっちから通り抜けることはできるの?
初めて知った……。
「クエエエエッ!?」
いきなり飛んできたハンマーに驚き、逃げようとする怪鳥。
でも遅い。
バァァァンッ!
ハンマーが直撃し、怪鳥の頭が弾け飛んだ。
そのままハンマーは遥か彼方まで飛んで行き、一方、落ちてきた怪鳥の身体は結界に激突した。
「むう? 空で停止したぞ?」
その様にドワーフは目を丸くしている。
「あのハンマー、遠くに飛んで行っちゃいましたけど、大丈夫ですか?」
「心配は無用だ。あれはわしが打った特別製でな、投げても勝手に戻ってくる」
「えっ、それは凄いですね」
そんなやり取りをしていると、本当にハンマーが戻ってきた。
ズゴンッ!
結界にぶつかって止まってしまったけど。
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