第76話 未確認飛行お尻
「そろそろ帰ろうか」
「……そうね。この様子だと宴会もお開きっぽいし」
日が暮れ始めた頃。
僕たちは村を出発することにした。
「ほえ~? こんにゃ時間にでしゅかぁ~? 夜になりましゅよ~?」
「村長さん、飲み過ぎです」
ぐでんぐでんに酔っ払った村長さんが、酒臭い息を吐きながら心配してくれる。
顔は真っ赤だし、呂律は回っていないし、千鳥足で今にも転びそうだしで、むしろ村長さんの方がよっぽど心配だ。
酔っ払いは村長さんだけじゃない。
村の大人たちの大半が泥酔していて、宴会をした広場のあちこちに転がっていた。
家庭菜園で採れるようになったお酒をちょっと提供してみたら、こんな有様になってしまったのだ。
今まで飲んだことがないくらい美味しかったらしく、争うようにして大人たちが飲みまくった結果である。
……最初の遠慮は何だったんだろう。
「パパー、家に帰るよー」
「てやんでぇ、ここがおらのうちだぁい! うぃっく!」
「……だめだこりゃ」
子供たちに呆れられている始末である。
魔物の脅威に晒されていた解放感もあるのだろうと、気にせずどんどんお酒を振舞ってしまった僕も悪かったと思うけど、少しは自重してもらいたかった。
という感じなので、アニィが言う通り宴会はたぶんもうお開きだろう。
「しょんなこと言わじゅに、泊まっていってくだしゃいよ~……おえええっ」
「うわっ、汚っ」
「……すぴー」
「寝ちゃったし……」
普通ならありがたく一晩泊めてもらうところだけれど、僕たちには一瞬でアーセルに帰る手段があるしね。
「おうち帰えろ~、っく!」
「何でお前まで酔ってるんだよ? まさか飲んだのか?」
「飲んでないけど、見てたらなんか酔ってきちゃった~、うぃっ!」
「どんだけ弱いんだ……」
なぜか酔っ払ってしまったセナを負ぶって、僕たちは村の外れに置いておいた家庭菜園へ。
「ひひーん!」
もちろん馬も連れて、アーセルにある自宅へと転移した。
ちなみにレッドドラゴンとワイバーンの死体は、宴会の準備中に第二家庭菜園へと移動させてある。あそこなら幾らでもスペースがあるしね。
「ギルドにはしばらくしてから報告に行った方がいいわね。あまりに早いと怪しまれちゃうだろうし」
「ザリのギルドには報告しなくていいの?」
「大丈夫でしょ。こっちのギルドから伝えてもらえば」
というわけなので、ギルドへの報告を残しているものの、これで今回の依頼は完了だ。
往路は移動時間がかかってしまうけど、復路は一瞬だね。
「あ、でも、向こうにある家庭菜園どうしたらいいんだろ?」
「あんたのそれ、一度作ったら消すことはできないの?」
「どうだろ? やったことないから分からない」
〈指定した菜園を消去しますか?〉
そんなことを話していたら、いつもの謎の声が頭に響いた。
消去って言葉が気になったけれど、ちゃんと特定の菜園だけを選択して無くすことができるらしい。
短い間だったけど、一緒に旅をした家庭菜園とサヨナラするのは少し寂しい。
でも仕方ないよねと思っていたら、シーファさんが言った。
「ジオ、その必要はない気がする」
「え?」
「そのままにしておけば、何かの役に立つ時がくるかも」
言われてみたらそうだ。
そもそも菜園を維持するのに何も負担するものはないのだ。
だったらわざわざ消す必要なんてないだろう。
それにまたあの村に行く機会があるかもしれない。
「ただ、村の近くからは移動させた方がよさそうですね。もし村の傍に謎の畑があったら、びっくりされそうですし」
「いったん戻る?」
「そうですね。日も暮れちゃいましたし、今なら目立たないと思うので」
レッドドラゴンを倒したあの山の頂上なら滅多に人が来ることはないだろうし、あそこまで移動させておこう。
「セナ――」
「ぐごー」
「――は、もう寝ちゃってるか」
女の子がなんて鼾かいてんだよ。
「ジオ、私も一緒に行く」
「いいんですか? お願いします」
シーファさんと二人きりだ、と内心で喜んでいると、
「じゃあ、わたしも行くわ」
「え? アニィも?」
「何よ? 悪い?」
「いや、悪くないけど……」
なぜかアニィも付いてくることになった。
空気を読んでほしい……。
村の近くに転移する。
村からは騒ぎ声が聞こえてくるので、まだ宴会を続けている村人もいるのだろう。
僕たちは家庭菜園を動かして山の方へと向かった。
「あ、せっかくだし飛んで行きますか」
「それは良いアイデア」
レッドドラゴン戦で大活躍した三次元移動を使ってみる。
家庭菜園が夜空へと浮かび上がった。
「気持ちいい」
「ですね」
シーファさんが言う通り、風が涼しくて気持ちいい。
レッドドラゴン戦のときは必死だったので楽しむ余裕なんてなかったけど、こうして改めて飛行してみると、なかなかいいものだ。
なんだか鳥になった気分。
菜園の端から下を覗き込んでみると、村を一望することができた。
村長さんらしき人影が、広場の地面に大の字になって寝ているのが見える。
ちゃんと家で寝た方がいいですよ?
「アニィ、大丈夫?」
「だだだ、大丈夫っ」
「え? もしかしてアニィ、高いところダメなのか?」
「大丈夫って言ってるでしょ!?」
うん、これは完全に強がってるわー。
生まれたての小鹿みたいに膝をぷるぷるさせてるし。
「じゃあ下をちょっと覗いてみようよ」
「……やめておく」
「えー? かなり眺めいいのになー。ほら、もうちょっと端っこに来てみなよ」
「ちょっ……押すなぁぁぁっ!」
いつもの復讐とばかりにそんなアニィを揶揄っていると、山の頂上が見えてきた。
……もしかしたらアニィをいじめた天罰だったのかもしれない。
目の前にお尻が迫ってきたのは、まさにそのときだった。
「え? ――ぶごっ!?」
僕は顔面からお尻とキスをした。
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