第9話 廃業危機を乗り越えろ 2
「これがジオくんの家で穫れた野菜?」
「はい、そうです」
「確かにすごく鮮度がいいわね、この野菜」
アリシアさんは先ほど収穫したばかりの野菜を確認し、頷く。
「この野菜ならうちで使えそう!」
「お姉ちゃん、さっきから野菜野菜野菜って、都合の悪いことから目をそらしちゃダメよ」
「うっ」
アニィから指摘され、アリシアさんは頬を引き攣らせる。
そこでようやくお肉の方へと視線を向けた。
「……ねぇ、このお肉、本当に菜園で収穫したの?」
「そうよ。わたしもこの目で見たわ」
「菜園ってね、菜園だから菜園って言うのよ?」
「言いたいことは分かるけど、こいつのトンデモ菜園はそういう常識を完全に外れてるのよ」
「いや、ただの家庭菜園だって」
「「ただの家庭菜園で肉が収穫できるわけないでしょ!」」
二人から同時に反論された。
そう言われても、僕のギフトはちゃんと【家庭菜園】なんだけどなぁ……。
「とにかく、試しにこれで何か作ってみるわ」
アリシアさんは食材を持って厨房へ。
あっという間に三品もの料理が出てきた。
さすがは料理人だ。
僕とは手際の良さがまったく違う。
「……食べてみるわ」
アリシアさんはそう宣言してから、自分で作った料理を一口。
「~~っ!?」
「どう、お姉ちゃん?」
「美味しい! めちゃくちゃ美味しい! いつもよく作ってる料理なのに、全然違う!」
どうやら料理人の舌にも認められたようだ。
「これも! こっちも! どれも今までとは段違いに美味しい! ていうか、食材が違うとここまで美味しくなるものなの!?」
アリシアさんは興奮して捲し立てる。
「いけるわ! これなら! 絶対客を取り戻せる! ううん、それどころか、都市で一番も夢じゃない!」
「ふふ、わたしが言った通りでしょ」
アニィが偉そうに胸を張っているが、それ僕が作った食材だからね?
「でも、これを定期的に仕入れることってできるかしら……?」
「問題ないですよ」
幸い栽培も収穫もあっという間だ。
この店で使う分くらい余裕だろう。
「販売額は……」
「あ、別に要らないですよ?」
お金を取るつもりはなかった。
だってこっちは何の費用もかかっていないんだし。
「ダメよ! 幾ら知り合いでも、商売人としてそんなに甘えることはできないわ!」
「そ、そこまで言うなら……。でも僕、適正価格とか分からないんですけど?」
「この味なら相場の……倍でも払えるわ、うん!」
「いやいや、さすがにそれはっ……。だいたい今、経営が苦しいんですよね?」
「うっ……それはそうだけど……」
「とりあえず相場で構いません。それでもし繁盛して余裕ができてきたら、また考えましょう」
「ジオくん……なんてカッコいいの……。お姉さん、惚れちゃいそう」
アリシアさんは目を潤ませる。
まさかそんなに感動されるとは思わなかった。
何の苦労もせずにお金をもらってしまっては、罪悪感を覚えるからってだけなのに。
アリシアさんのお店に収穫物を卸すようになって、一週間が経った。
「すごいなー、大繁盛してるじゃないか」
その後の様子を見に来てみると、お店の前に行列ができていた。
食材の納品のために毎日来てはいるけれど、いつも朝のことなので、このお昼の時間帯は初めてだ。
一方、ライバル店の方はすっかり閑古鳥が鳴いていて、お姉さんたちが退屈そうに店内でおしゃべりしていた。
アリシアさんの店から満足そうな顔で二人組の客が出てくる。
「いやー、美味しかったな。あんなに美味しいの、食べたことないよ」
「しかもあの味で普通の値段だ。びっくりだよな」
二人はそこでライバル店の方をちらりと見て、
「まぁ、あっちの店も悪くはなかったけど……」
「店員の女の子たちが綺麗なだけで、味はイマイチだったもんな」
どうやら少し前まではライバル店の常連だったようだ。
アリシアさんのお店の中を覗いてみると、新しく雇ったのだろう、従業員たちが忙しなく動き回っていた。
厨房でもアリシアさんが忙しそうにしている。
この状況で声をかけても迷惑だろうと思って、僕はこっそり立ち去った。
「ジオくん、あなたのお陰で大繁盛よ! これなら店を続けていけるわ!」
その日の夜、店の営業が終わった時間に、アリシアさんが僕の家にやってきた。
アニィも一緒だ。
「よかったですね」
「ほんと、なんてお礼をしたらいいのか分からないわ」
「いえ、ちゃんとお代は貰ってますし」
「そういう問題じゃなくて!」
アリシアさんはそう強い口調で言うと、何を思ったか、いきなり飛び掛かってきた。
「って、な、何するんですかっ!?」
「ちょっ、お姉ちゃん!?」
アリシアさんに抱きつかれたのだ。
か、顔が近い!
それに凄く良い匂いがする!
アリシアさんは胸こそ小さいけど、アニィと違って女性らしいし、美人だ。
「ねぇ、ジオくん? 年上のお姉さんとかどうかしら?」
「えっ? ど、どういうことですかっ?」
「年上は恋愛対象になるかってこと」
「そ、それは……ぜ、全然気にならないですけど……」
そもそもシーファさんはアリシアさんより一つ年上なだけだ。
対象にならないなんてことはない。
「じゃあ付き合わない?」
「えええっ?」
「こらぁぁぁぁぁっ!」
アニィが強引に割り込んできて、アリシアさんを無理やり引き剥がした。
「お姉ちゃん、ジオをからかって遊ばないでよ! こいつすぐ信じちゃうバカなんだから!」
「おいこら」
酷い言われ様だ。
でもほっとした。
どうやらアリシアさんは僕をからかっただけらしい。
そりゃそうだよね。
アリシアさんくらい美人なら、きっと引く手数多だろう。
「ま、今日のところはそういうことにしておくわ」
アリシアさんは悪戯っぽく笑うと、アニィの耳に唇を寄せて、
「あんたがうかうかしてると本当に手を出しちゃうわよ?」
「はぁ!?」
何と言ったのか僕には聞こえなかったけれど、アニィが驚いている。
「し、知らないし! 別にお姉ちゃんの好きにすればいいでしょ!」
「じゃあ、明日の仕込みもあるから、私はこれで。またよろしくね、ジオくん」
「あ、はい」
なぜか狼狽えているアニィを他所に、アリシアさんは帰っていった。
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