埋没

 泥の塊にそっと力をくわえる。うっすら入った亀裂に指の先をひっかけて引くと、瓦のように固くなった土がぼろぼろと剥がれる。

 埋まっていた遺跡の壁が、また一段とくっきりとその形を現して、おれはどきどきしながら背後に手を伸ばす。しばらくして振り返り、立ち上がると、数歩離れた先にほっぽりだされている刷毛を拾い上げ、またしゃがみこみ、細かい泥を払っていく。


 発掘ほど魅力的なことをおれは知らない。慎重に慎重に、すこしずつ近づいてようやく姿を見せてくれるひかえめさも、加減一つで、かつての栄光を傷つけてしまえる儚さも、思いがけない誰かの息づかいを感じられる驚きも、とんでもなく長い時を飛び越えるような感覚も、何もかもがおもしろくてたまらない。

 しゃがみっぱなしで悲鳴をあげる膝と腰をのばして、頭の上で包むように広げられたテントの外に顔を出すと、ギラギラと照り付ける太陽はまぶしかった。どうりで暑いわけだと、おれは首にかけっぱなしのタオルで額をぬぐう。

 のどの渇きを覚えて、おれはテントの内側にもどった。荷物置き場に、つめたい水の入った水筒はない。そうだ、水筒なんて面倒なもの、おれが自分で用意するわけはない。

 カバンを漁り、小銭をかき集めると、おれは自販機を探しに炎天下を歩き出す。


 青い自販機は幸いすぐ見つかって、けれどその前でおれはしばらく戸惑った。なんだか、ずいぶんと雰囲気がちがう。おもちゃみたいな商品サンプルが並んでいない代わりに、のべっとしたテレビを縦にしたような画面が前面にあって、どこに金を入れたらいいかもわからない。

 あちこち適当に触っては押して、なんとか水を取り出したころには、汗だくになっていた。いつの間に、こんなことが起きていたのだろう。つめたいボトルを手の中に握りながら、おれはようやく周囲の様子に目を向ける。

 みんな珍妙な服を着て、様々な髪色で、せかせかと歩いている。おれはいつもの半袖に、何日洗濯していないかもわからないジーパンで、よく考えれば今が何年で、何月何日なのかもわからない。なんだか、いつの間にか、おれの方が遺物になったかのようだ。

 よくこれまで生きてこれたもんだ、と笑われそうだけど、だってこれまで問題なかったのだ。日付も曜日も訊けばすぐに教えてくれたし、洗濯も食事の準備も任せっきりで、暑いからとテントを建て、脱水になるよと発掘現場へ持っていく水を準備し、テンポよく次に使う道具を渡してきたのだって全部、全部。あれ?


 何かに突き動かされるように、おれは今日も土をはがす。スコップの先が硬いものにあたって、おれは慎重に積もった年月を掘り起こす。うすいまぶたのように、被った砂をそっと払うと、白い肌が現れる。

「なんだ、そこにいたんだな」

 風が吹いて砂埃がまいあがり、笑い声のように消えていく。

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