4/2成人式

 お国から成人式を取り上げられたわけだし、つまりはあたしたち、まだまだ子どもでいいってことじゃん? 

 黄緑色の振袖をゆらしながら、彼女は急遽開催中止が言い渡されたホールの前でにやりと笑った。閉め切られた市民会館の前には、僕らみたいに未練がましい輩らがぽつぽついて、ぴったりしまった重そうな門の前に、うらめしそうに立ちすくんでいる。


 冗談だと思っていたのに、彼女は本気で未成年延長しているらしかった。

 最低限のバイトをしつつ、「成人してないけど二十歳は超えているから」と都合のいい言い訳で酒は飲みつつ、それでも未だに定職につかないし、低収入を理由に税金も保険料も年金だって、はちゃめちゃに踏み倒している、らしい。

「いつまでそんなことしてんの」

『未成年中年』たちで暮らすんだ、飲み会の席で語る彼女に、ぼくはしびれを切らして訊いてしまった。

「だって、あたし、成人してないし」

 彼女は慣れた様子で日本酒を舐めながら、シワの増えた顔で子どものように笑う。

「いい加減、オトナになりなよ」

 ぼくはつい、イライラして言った。

「式なんてあんなの、形だけじゃん。時は止まってくれないんよ。ちゃんと仕事就いて、家庭もって、そろそろちゃんとしろって」

「ちゃんとするってなに?」

 彼女は首をかしげた。

「お金を払うこと? 責任を持つこと? それって、自分の人生を犠牲にしてまで、やらなきゃいけないことなの?」


 ピーターパンハウスと名付けられた彼女たちのシェアハウスは、テレビで何度も取り上げられた。『オトナに成れなかった子どもたち』なんて揶揄されても、彼らにはどこ吹く風だった。

「別に、成人式がなかった当てつけじゃないよ」

 代表としてインタビューに答える彼女はあっさり言った。

「ただ、もうオトナとか子どもとか、どうでもよくない? 今は五歳の子が大人より稼いだりするし、八十超えたオトナが平気で幼稚な言い訳もするし。ようは、本人の生き方次第かなって。政権への抵抗? ないない、そんな暇ないって。未練? うーん、まあ、みんなができてる経験を奪われたって意味じゃ、ちょっと残念かもしれないね」


 四十になる歳、ぼくは小さな会社を立ち上げた。今日はその、初仕事の日だ。

 電子空間上に作り上げた東京ドームのような大きな会場には、デジタル空間の強みを生かして、満天の星空からちらちら降る雪を設計してある。絶え間なくログインのアラームが鳴って、次々に振り袖姿のアバターが入室してくる。

「まさか、きみがこんなことするなんてね」

 振り返ると、黄緑色の振袖をきた彼女がにやにやと笑っていた。

「もうオトナになったんじゃなかったわけ?」

 ぼくは運営に奔走するスタッフたちに指示を出しながら、会場に目を向けた。

「式自体は、別にどうでもよかったんだけどさ」

 あちこちで、再会を喜ぶ声が重なり合って、どんどん大きくなっていく。久しぶりー。え、いま何してんの? 顔、変わんないねー。同じ言葉を繰り返すばかりなのに、不思議と会場は盛り上がる。偉い人の祝辞も、楽しい催しも何もないけど、参加者は予想以上に多かった。

「こうやって集まるのは、悪くないだろ」

 彼女は懐かしいあのころの顔で、そうだねと笑った。

「でもあの『4/2成人式』のフォントは、ちょっとダサくない?」

 そうダメだしする彼女の顔は、若作りアバターのおかげでつるりと光っているけれど、表情だけはあの頃よりずっと優しくて、まるで大人みたいだった。

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