世界の危機と怠け者救世主

 瓶の中で、ゆがむ世界を今日も見ている。

 俺が瓶づめにされたのはまあ、自業自得だ。

「魔法使いやめたい」とぼやきながら、日々をただ浪費していた俺は、あいつのうまい口車にのって、ホイホイと瓶に詰められてしまった。何とかして他人に助けてもらう事ばかりを考えていた俺に、あいつもほとほと愛想をつかしたらしい。

 こんなことになるって知ってたら、さすがに心を入れ替えて勉強もしたし、就職だってしたはずだ。

 するか?

 もしかしたら、しないかもしれない。騙されたことには、もうずっと腹を立てているけど、やわらかな液体の中でゆらゆらしているのは、正直そこまで嫌じゃない。


 俺の入った瓶は、あいつの部屋の壁棚に置かれているみたいで、外の世界の様子は分からない。まあでも、俺一人がいなくなったところで、世界はそうは変わらない。分厚い瓶の屈折に負けないようじっとを目をこらしていると、たまにもぞもぞしているあいつが見えるくらいで、時間間隔はとうになくて、季節すらもわからない。

 そんな状態でずっといたから、急に世界がぐるりと回って、冷たい風にさらされたときには、しばらく呆然としてしまった。どうやら、俺の瓶は風化か何かで割れたらしい。いつの間にかあいつの家はくずれおち、俺は慌ててさび付いた魔法で一人分のかまくらをつくる。


 世界は一変していた。

 家の外は真っ白だった。一瞬で鼻毛が凍る寒さに震えながら、俺は毛布を出す魔法を必死で思い出そうとする。

 よく分からないけれど、どうやらこの常夏だった島が、寒冷化していることだけはわかった。これだけの寒さだ。まともな生物は残っちゃいないだろう。

 伝言とか手がかりとか、何かないかと探したけれど、すべては雪に覆われて、辺りに白以外の色はない。

 ひとり分の火や水は魔法でどうにかなるけど、いかんせん食糧は心もとなかった。

 俺は詰められた当時の薄着のまま、あちこちで炎を起こしてみるけれど、まともに授業すら受けていなかった俺の魔法じゃあ、分厚い氷河は溶かせなかった。

 これは無理だな。

 俺は早々に諦めると、あいつの家があったあたりを入念に探索した。俺がクソの役にも立たないことは、あいつが一番知っている。半年くらいの時間をかけて見つかった地下室には、たくさんの瓶が並んでいた。何千と並んだ瓶を丁寧に見ていくと、取扱注意の真っ赤な瓶が見つかって、俺はさっそくそれを外で割る。


 めちゃくちゃでっかいファイアドラゴンは、視界を遮る吹雪をものともせず、世界中の氷を溶かしてどこかへ消えた。

 うっすら緑が生え始めた世界に、今度は力強そうなケンタウロスと思慮深そうな賢者をよみがえらせる。

 ふたりは現状を理解すると、さっそく復興に取り組み始める。そうこうしているうちに、今度は気温が上がりすぎたので、例のドラゴンを捕まえられそうな勇敢なハンターをよみがえらせる。

 地下に保管されていた命は、未来を見通すように最適化されていて、さすがとしか言いようがない。そんなあいつが、なんで怠け者の俺を復興のトリガーにしたのかはいまだに分からないけど、まあ、かつての恩返しくらいはできたので、よしとしよう。

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