132.4話 「孤独の過去」 (ハク視点)

 



 言われた通り霧に入ると、視界が揺らぎ、一変する。




「お母さん!」

「忙しいから後でね」


「う、うん」



 いつだろうか。小学生ぐらいかな?



 視界が切り替わる。



「見て! 満点だよ!」


「プリントは見とくからそこのファイルに入れといてって言ったでしょ?」


「……はい」



 小学生の高学年だと思う。まだこんなに目が輝いているのだから。



 目を逸らすと、別の光景が広がる。



「えー! すごい! 白山さんってあの有名女優、白山艶美えんびの娘なの!?」

「すごー!」「綺麗だもんねー」


「あはは、まあ、そうだね」


「あれ? だとすると、お父さんはハリウッド俳優の琴坂きんざかロウなの!?」

「確かに」「結婚してたもんねー」


「うん、滅多に会わないけどねー」



 中学校か。両親が有名人で一時期話題になったなー。



「サインもらえない?」「私も!」「欲しい欲しい!」「俺も俺も!」


「また聞いてみるね」




 それが私と仲良くなりたい人なんて少数で、両親目当ての人ばかりだった。




 中学校では、唯一親友と呼べる子がいた。



 世界が、まるで映画のワンシーンのように切り替わる。



「明乃ちゃんは明乃ちゃんだよ! 親がどうとか関係無いもん。私は明乃ちゃんと一緒に居るのが楽しいんだから!」


「ありがとう、そう言ってくれて」



「もしかして、まだ疑ってるの? うーん……決めた! 今度二人でどっか行こうよ! どれだけ私達の相性がいいか、身をもって教えてやるよ!」

「遊びに? おもしろそうだけど……」



「決定ね! 絶対だから、すっぽかさないでよ!」

「え、うん」


「今週の土曜日空いてる?」

「空いてるけど……」


「ならその日から一泊二日ね!」

「え?」


「じゃあ、楽しみにしてるから!」

「え? え?」



 少し強引だったけど、人間不信になりかけていた私を助けようとしてくれた、優しい子。約束するのが二日前と、今考えるとかなり無茶苦茶だなー。



 瞬きをすると、また違う景色が。

 私だけのリビングで、ニュースが流れている。



『今日夕方5時頃、○□✕交差点で事故が起きました』



「そこそこご近所ね」



『トラックの居眠り運転により、歩道へ侵入した後、後続車も巻き込まれ、次々と犠牲者が出ました』



「うわ、火まで着いてるじゃない」

 


『タンクローリーも巻き込まれ、ガソリンが撒かれ、引火してしまったそうです。現場の山田さーん』


『はい、こちら○□✕交差点付近の山田です。ただいま、取り急ぎ消火活動をしているようです! 被害の規模は未だハッキリとしておらず、火が止まってから身元確認等を進めていくどのことです!』



「ベランダから見えそう」


 高層ビルのてっぺんで、見晴らしはいいのでベランダに出て、事故の方を見てみる。



「結構広範囲に火が広まってるなー」



 当時の私はどこか現実感が湧かなくて、他人事のように感じている。



「今は火事より明日の服を選ばなきゃ」



 馬鹿みたい



 視界が明滅する。


 約束当日、うちの近くの、公園のベンチで座って待つ。



「……おかしい」



 遅刻するような子ではないと思ったが、寝坊はしそうと思い直してしばらく待ってみることにしている。



「何かあったのかな?」



 スマホを取り出し、通話をかける。繋がらない。



「流石にね」



 引くに引けないほど念入りに準備したので、彼女の家に行くことにした。




 結末が分かっていると、余計辛い



 視界がにじんでいる。また場面が飛んだみたいだ。



 

「う、そ…………」


「色々あって忘れていたわ。本当にごめんなさい」



「いえ、お母さんの方が辛いでしょうから……」


「ごめんなさいね。いっぱいいっぱいで」



「いえ、お邪魔になるといけないので、失礼します」


「お気遣いありがとう」



 視界がボヤけたまま、自室に戻る。



「なんで…………」


 そう、親友は事故に巻き込まれ、死亡していた。


「やく、そくしたじゃん…………」



 ベッドに伏せ、枕を濡らしている。



「ちゃんと、私との相性の良さ、証明、してよ!」



 何も、できなかった




「…………バカ」



 私を大切にしてくれない人は親と名乗ってるのに、私を大切にしてくれる人は、親友は、死んでいる。


 私の周りには誰も居ない。



「はぁ……」




 視界が、チラチラと一瞬でたくさんの場面が移り変わり、最後に揺らぐ。



 私はあれから、眼鏡をかけて顔を少しでも隠し、敬語を使って周りとの距離を取り始めた。


 自分で言うのもあれだけど、両親は顔だけはいいのでその遺伝で私もなかなか良い方なので、寄ってこないようにするための自己防衛。


 ここでは現実の事情が入り込まない場所だから、仲間には敬語は使わないけど。



「さて」



 皆のところに戻ろう。私の過去は過去で終わったものではない。ずっと続いている、今の話だ。だから、進むしか道は無い。



 勇者なんて大層な役割、背負うには私の背中は小さすぎる。

 自分のできることをやる。勇者という肩書きはその手段の一つに過ぎない。


 それが私が出した結論。



 クロさん――黒川くんに、結論を伝えてない。手伝ってくれたのだから、結果ぐらい伝えないとね。



 それで、できるならクレーンゲームの分の恩も返したい。


「なーんてね」



 待ってるかもだし、そろそろ本当にこの霧から出よう。



 この霧には感謝を。初心を思い出せた。



 私は孤独かもしれない。でも、ここにはちゃんと居場所がある。



「私はもう、一人じゃない」



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