129.3話 船(笑)と謙譲の天使


「……どうするつもり?」


「少し手を出してください」



 海岸。晴れ晴れとした大海原を前に、少女達はいる。


「ん」


「ありがとうございます。…………ほいっ!」




 オリジンの繋いでいない方の手から灰色の光の粒子が舞い、渦巻く。そして光の中から見えてきたのは丸太をつたで括りつけただけのいかだだ。



「「「「船?」」」」

「……今のは何?」



「今のはわたくしの種族の由緒ある、他者魔力干渉という技です」


「……種族?」


「はい。貴方の種族と同じくらい年季の古い古い種族です」



「どういう――」


「もうお昼ですし、ここで皆さん、昼食を食べてから行きましょう。一旦解散です!」




「…………」




 訝しげに睨みながら眠るようにログアウトするネアに続いて、順々にログアウトしていく面々。残されたのはオリジンとマツだけとなった。




「サイキョー丸の補強をするために木の枝を集めるので、ここをお願いしてもいいですか?」


「ネーミングセンスはともかく、お気遣いありがとうございます」



 マツを残して再び森に入っていくオリジン。それを確認してから一人虚空に呼びかける。




「準備しろってどういうことですか?」



「顕現ですか?」



「お好きにどうぞ」




 マツの胸から金色の光が溢れ出し、人の形、大きな四つの翼を形成していく。



「ありがとう。鬼の子よ。大天使アズライールだ」



 どこか浮世離れした神々しさを持つ、金髪金目の少年だ。



「あなたが私の中に居たんですね」


「その通り。君に【謙譲】を与え、見守るのが当初の方針だった」


「当初?」


「そう。まさか黒塗りの魔を相手にするとは思わなかった。人の魂を導く天使として大嫌いな種族も身近に居たんだけど、そんなことを言ってられないから」


「身近に敵が居るんですか?」



「敵とまでいくのかは分からないけど、ネアとかいう輪廻人めぐらしびとが居る」


「めぐらし?」



「今は、そして君には関係無いから置いておこう。ともかく、君はあの主人の力になりたいのだろう?」



「そうです」



 アズライールは森の方に目を向け、一言唱える。


「運命から逃げ、神人に見逃された醜い人の子よ、出てきなさい」





「あー、バレちったか?」



 木陰から現れたのは、魔大陸の駐屯地で捕まっていた銃使いの男。



「カウボーイさん!?」


「ティグメだ!」





「人の子よ」


「俺に何か用か、天使さんよ?」


「一つ問う」


「あ゛?」




「喪った彼らに恥じない行いを成したか?」




「そ、れは……」


「残念だよ、君には少なからず期待を抱いていたのだから」



「お前があいつらを……!」



「さようなら。彼らに叱られるといいでしょう。【罰俸】」



 ティグメの体を黒い光が包み込む。


「な、くそ! 【速射】!」



 慌てて放たれた銃弾は天使に当たることなく外れる。そしてティグメは黒い光と同化し、散ってしまった。



「さて、鬼の子よ」


「何ですか」



 流石のマツも目の前で人が殺され、警戒して拳を構える。




「そう構えることはない。天使として、そして天界の住民として、君の主人を助けるのは当たり前のことだから、危害を加えようなんて考えていない」


「意味分かりません」


「昔のことだから気にしなくていいとも。天使は皆、いや一部を除いて君たちを応援しているのだから」


「ちゃんと説明を――」



「君に託そう。【自己犠牲】、【謙譲】」




 一方的にスキルを発動し、アズライールの体に赤いひび割れが入る。



「君が驕らず、弁え、分け与えることを願っている」


「ちょっ……」



 それだけ言い残し光の粒子となって散っていく。



「はあ、話が通じてるようで通じないのは種族が違うからですかね……」



「お疲れ様です。彼も随分立派な大天使になったようでよかったです」



 茂みからオリジンが姿を現す。



「いつから見てたんですか?」


「先程ですよ。ちょうどいい具合に集まりましたので」




「そうですか。ん? あの天使と知り合いなんですか?」



「昔、神話の時代と呼ばれる頃に少々縁がありまして、イタズラ好きのガキンチョでしたよ」



 無表情だったオリジンから微かに笑みがこぼれる。懐かしそうに思い出しているが、様々な感情が湧いてきたのか、表情が少しずつ曇り出す。



「?」



「いえ、なんでもありません。それより、そろそろ昼食を食べてきてはいかがですか」



「あっ、そうですね。ログアウトしまーす」



 その場で寝転がり、ピタリと動かなくなるマツ。




「はあ。ままならないですね……」




 木の枝を抱えながら空を仰ぐ。


 ポツポツと雨が降り始める。



 オリジンの頬を水滴が伝う。



 彼女にしか分からないだろう、その水滴の意味は。




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