第32話 検査

「それでは診させてもらいます」と、僕たちを部屋に入れると、案内した男性が言った。見たところ医者のようでもあるが、科学者のようでもある。地球人のように白衣を着ている姿は違和感を覚える。それでも、確かに地球とは違う。それはこの部屋が見たこともない機械で溢れた研究施設のようだからだ。


「何故、器を使っているのですか?」僕は素朴な疑問を投げかけた。九条の話に寄れば、器を使えば寿命が縮まると言うことだ。

「器のある人との接触ですので、こちらもなければ困るのですよ」と、医者っぽい男は答えた。

「なるほど。精神体だけだと触れないわけですね」

「まぁ、そんな感じです」と、笑った。分かりやすく言えば、幽霊のような彼らが、生者に触れられないという事だろう。


「それでは、これを被ってください」と、ヘッドギアのようなものを渡された。

「よし、それじゃ俺が一番な」と、横取りするような形で小林が前に出た。信用していないわけではないだろうが、得体の知れないものを差し出され、咄嗟に動いたようだ。

「誰でも構いません。インプット状況を見るだけですので」

「すぐに消したりしませんか?」と、康子の心配はそこにあった。

「ええ。どうするかは上層部の判断になります。私は調べるだけなので」と、男は答えた。医者や科学者と言うよりは技師のようだ。

「OK.いつでも始めてくれ」と、小林は背もたれの倒された椅子にドカッと寝ころんでいた。


「では、気を楽に」と言う男の言葉に、僕は吹き出してしまった。小林の姿勢といい、男の発した言葉といい、まるで歯医者にでも来ているようだ。身体的に人間のクローンを使っているわけだから、似たような形になるのは仕方がないことかも知れない。けれども、宇宙を旅するほど進んだ文明ならば、もっと快適な物を作れたのではないかと思ってしまった。


「いいじゃない。逆に安心できるわ」そんな僕に気持ちを理解したのか、康子が僕に笑いかけた。

「そうだな。記憶にある物の方が親しみやすいか」と二人で笑い合っていると

「ごちゃごちゃうるさいな」と、小林は真剣な目で怒っていた。彼にしてみれば覚悟を決めて一歩を踏み出したに違いない。それを茶化されたと思ったようだ。


「それでは、始めます」

こうして僕たちが不良品になった原因の追及が始まった。男は終始、唸るだけで何の説明もなかった。仮に説明されても理解できたかは定かではない。結局、あとは上層部の判断したいです。と告げられ、僕たちは解放された。広間で待つように言われ戻ると、日本人以外の器も歩き回っていることに気が付いた。


確かに見たこともないような装置などもあるが、普通のオフィスのような机と椅子もある。その一点だけ見ていれば、ここが地下深くの秘密基地だとは思わないだろう。しかも、異星人のである。かと思うと、宙を飛ぶモニターや透明な移動できる床のような物もあり、不思議な光景が目の前で繰り広げられても居るのだ。けれども、それ以外にどうしても引っかかることがあった。


「記憶がちゃんとあれば、どうってことないんだろうな」と小林が言った。

「そうだな、記憶があれば……」と僕は呟いた。多くの器に入った同類が忙しそうに動き回っているが、彼らには本来の記憶があるのだろう。だから成すべきことを理解し、働いているに違いない。


「なぁ、これだけの器があるのに、なんで僕らは失敗したんだ?」と二人に訊ねた。

「え?どういうこと?」

「だって、ここで働いてる奴らも、同じように統合されたわけだろ?でも、失敗しているわけじゃない。ちゃんと理解して動いてるだろ?」

「ええ。そう思うわ」

「でも、失敗なんて多くあるわけじゃないんだろ?」小林は眉間に皺を寄せた。

「そう思うよ。頻繁に失敗するなら、これほどまでの人員を器にいれないだろう。それが何で僕らの身に起きたかと言うことなんだ」


「え?ミスはミスでしょ?」康子は僕の意図を読めずにいた。

「だって、僕らは戦闘要員でもあるんだ。ミスなんて起こしていいはずがないだろ?しかも三人同時ってありえるのか?」

「まぁ、確かにそうだが……。でも九条も言ってただろ?何人かに会ったって」

「ああ、言ってたが、それが理解できないんだ」

「どういうこと?」

「普通なら、人間界に送り出す人員に、ミスが起こるような処置はしないはずだ。命にかかわるからな。慎重にも慎重を重ねるはずだ」

「だから何が言いたいんだ?」と、小林は煮え切らない返答の僕に怒りを向けた。彼の気持ちもわかるが、こうやって問答しながら僕は自分の意見をまとめていたのだ。


「これだけの人員をミスしないで働かせられるのに、なんで戦闘要員の僕らにミスが起きたかって話さ」

「もしかして、誰かが故意にとでも言いたいの?」と康子が僕の懸念を言い当てた。と言うより、そこまでの考えはなかったが、言われて納得したのだ。

「ああ。その線も大いに考えられる」

「ちょっと待て。もしもそうなら、ここに居て安全なのか?」と、小林も事態を理解したのか、小声で聞いてきた。

「それは分からない。上層部とやらの決定次第だろうな」

「でも、本当の記憶を埋め込まなかった理由ってなに?」

「それが解れば苦労はしないよ。でも、そのことだけは頭に入れておいてほしい。本当に安全だと分かるまでは」

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