第25話 煙
「ちょっと待って。じゃ、霧みたいなもん?」と、話を聞いていた小林が、頭の天辺からでも発したかのような甲高い声を上げた。
「人間の言葉に適切に表現できる言葉はないけど、地球の言葉を借りれば『煙』が一番近いかしら」
「おいおい。マジかよ」と小林は口をあんぐりとさせた。どんな姿を想像していたかはわからないが、彼の予想とはかなりの差があったらしい。少なくとも、イケメンであることくらいは願っていただろう。
「だから、人間の考え方と感情を捨ててと言ったのよ。ただ概念として表せば『魂』が近いと思うわ」
「だとしても、煙なんて信じられない」
「では聞くけど、人間は目が二つ、耳が二つ、鼻と口が一つ。これを普通と思うことからして間違っているわ。襲ってくる連中は全く違う見た目よ」
「待てよ小林。お前の言いたいことは分るが、今は問題じゃない。それにこの広い宇宙で、人類を基準に考えることは危険じゃないか?」
文明の発達具合からして、宇宙の中での人類の歴史は浅い部類の一つだろう。その地球の物差しで測ることが如何に危険かを考えた。それは『無知を曝け出す』のと同じに思えたのだ。人間は何も理解していないのだ。それは僕の記憶が叫んでいる。
「そうかも知れないが、肝心の情報をインプットし忘れるとか、とんだ茶番だぜ。命を張ってるのにな」
「だが、今は話を聞こう」
「OK」と、小林は渋々同意した。
「話は戻しますが、それじゃ、さっき言ってた休養って?」
「特殊なカプセルの中で休むのよ」
「それじゃ、戦争なんて……」
「ええ。その通り。実体のない私たちはコテンパンに負けたわ。それでバラバラに逃げたの。地球もその一つ。彼らは私たちを追ってきてるの」と、九条は苦悩の表情を見せた。彼女にも耐えられないことがあるらしい。
「なんで追ってくるんですか?」と康子も不思議がり、九条に訊ねた。
「美味しいらしいわ」九条のこの言葉が出るまで、わずかな間があったことに気が付いたのは、僕だけだろうか。
「え?食べるの?」流石の康子も、この返答には驚きを隠せなかった。
「地球の感覚で例えるなら『たばこの煙を吸う』と言う感じかな」と、苦笑いを浮かべた。彼女がわずかな間を作った理由を知った気がした。
「え?俺たちって煙草程度なのか?」
「ええ。なんでも彼らには麻薬のような快感が得られるそうよ。だから追ってくるの」こう言った話を、地球を基準にしたならば考え付くはずもない。仮に『人間が捕食される対象です』と誰かが言ったとして信じるだろうか。人間は自分こそが捕食者だと思っている。食物連鎖の頂点に立つと。けれでも、それは地球と言う一つの星の上でしか成り立たない理論である。
「それで実体のあるクローンを作って精神を組み込んでいるのか」
「その通りよ。地球人を助けるのも任務の一つだけど、彼らと戦うためにも実態が必要なの。対峙したときにね」
「精神体だけでは。目の前まで攻められたら、どうしようもなかったのか」
「そう言うことよ。でも、任務が終わるとかなり消耗するのよ。精神がね。だから特殊なカプセルの中で休むの。崩壊しないように」と、言ったとき、
「おい!くるぞ」と、秋葉が駆け寄った。
「人間か?」と、九条が聞き返すと、
「やつらだ」と、秋葉が怖い顔をした。
「うかうかしていられないわ。移動するわよ」と急かされ、僕たちは静かに九条たちの後に続いた。だが、一つ分かったことがある。それは、カプセルなどが置かれている場所があると言うこと。言い換えれば、我々にも我々だけの安住の地があるのだろう。人間の言う家や都市とはかなり違うかも知れないが、存在の仕方からして大きな違いがある以上、どんな場所だろうが問題はないはずだ。ただ、「休める」場があると聞けただけで僕は安心感を貰った。
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