第13 話 笑顔の理由

 それから僕たち三人は、なるべく外出を控えた。真っ赤な人物に出会うことを嫌ったからだ。『もう死ぬ人なんだな』と分かってしまうと、良い気分はしない。

例え見ず知らずの人間でも嫌なものだ。生活のためバイトだけは続けたが、大学の講義は休みがちになってしまった。

あまり付き合いがないとはいえ、同期の人間が真っ赤だったら衝撃を受けるだろうと考えたからだ。


実際、とある教授が真っ赤になった時に、康子は目に見えるほど落ち込んでいた。口では大丈夫とは言っていたが、それが真実とは思えなかった。真っ赤になっても助けない。いや、助けられないとなれば、いち傍観者として、何故か自分が殺しているような錯覚さえ覚える。康子もそんなことを感じとっていたようだ。


「助けちゃダメなのかな」と、その日の晩御飯中に康子が呟いた。

「それは僕も考えたよ」

「でも、それって無理だろ?晴夫のように、目の前で死んでいくなら助けられるかも知れないけど、いつどこで死ぬか分からないんだぞ?」

「じゃ、小林は目の前で死にそうな場面に出くわしたら助けるの?」

「助けられれば……」と、言葉を濁した。そして唐揚げを口に頬張ると鼻から荒い息を吐きだした。小林も本当は助けたいのだろう。


けれども、簡単に助けられるものではない。それは僕の場合を考えてもわかる。あの老人の最後は看取ったが、その原因を排除することは時間的に出来なかっただろう。ホームの女性にしても、あの場所から飛び込む彼女を引き留めることは無理だった。喧嘩の若者も交差点のサラリーマンも、目の前で起きはしたが、助けるには距離があり、時間的余裕もなかった。ただ一つ、はっきりとした事実があった。


「助けるのは無理だろう」と、僕がはっきりと言うと、

「たぶんね。病気ならまだしも、事故などは予測がつかないし……」

「前にも言ったと思うけど、みんな笑顔だった」

「それがなんだって言うんだよ」

「それが全てだと思うんだ」

「全て?」小林が頭の天辺から声を出した。

「そう。助けなくとも助けているのかなってね」

「それで笑顔ね。まぁ、そう思えるならそれもアリかもね」康子には通じたらしい。「うん?どういう意味だ?満足したってことか?よくわかんねえ」と、小林は少し不機嫌そうな顔をした。自分だけ理解できなことへの不満の表れだろう。彼はよくこんな顔をするのだ。


真っ赤になった教授は予想よりも早く、翌日、通勤途中に事故で他界した。首都高速での事故らしい。やはり、どう考えても助けることは不可能のようだ。三人は車も無ければ免許さえ持っていなかったからだ。恐らくは、そんな全てを含んだ上での真っ赤なのだろう。助けられるならば、赤くはならないということらしい。


不貞腐れる小林を見ながら康子は笑っていたが、改めて考えると彼女は長い間、こういった問題に一人で立ち向かっていたのだ。見え始めた僕や小林に比べて、今ままでの康子がどれほど苦労してきたかが痛いほど分かる。そしてその強さを羨ましいとも思った。それからも、どうにか留年しない程度には通学するように努めたが、バイトの日数は極端に減らした。就職活動と銘打ったため、店長からのお咎めもなかった。『出掛けるときはサングラスがいいよ』との康子のアドバイス通り、濃い目のサングラスをかけると、霧の色が多少は見えにくくなった。

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