第12 康子の理由

「いいからこい。大事な話なんだよ」時間が時間だけに、康子は渋っているようだが、小林の押しに根負けしたようで『行く』とのことらしい。康子を待つ間、普段のような会話は飛び出してこなかった。小林としてもショックだったのだろう。酒の進みも悪い。


「なあ、霧には色が付いてるか?」僕は唐突に尋ねた。

「色?黒っぽく見えるだけで特に色はないけど、お前色まで見えるのか?」

「ああ、しかも……」と僕は今までの経緯を話した。

「それってなんか怖いな。死ぬ人がわかるってことだろ?」

「死が近いってことなら、そうだと思う。色にはその人の体調とか、目に見えない要素が働いて変化しているのではないか」と、僕は答えた。


「それでお前は気になったんだな」と、小林はビールを煽ると呟いた。

「そうだよ。だけど、何故俺たちに見えるのか?ってことさ」僕は改めて店内の客を見回した。黄色や青、紫に緑、様々な色の霧に人々は包まれている。しかし、目の前に座る小林には、やはり霧が見えない。すると小林の目つきが変わった。


「あ……、見える。見えるぞ、色が」

「え?」

「言われて気にし始めたら、何故だか色が見える気がする」

「本当か?」

「ああ、あそこの三人組のサラリーマン、後ろを向いてる奴は、青だ」小林の視線のほうに振り向くと、確かにその人物には青い霧が掛かっていた。

「うん、青だ」僕は答えた。その時、眠そうな目で康子が店に入ってきた。すぐに気が付き、まっすぐに向かってくる。

「康子のは見えない」それを見ながら小林が言った。

「ああ、見えないな」僕は答えた。


「急用ってなに?寝るところだったのに」康子は不機嫌そうに腰を下ろした。

「悪いな、奢るからさ、ビールか?」

「そういうことなら、ビールを飲んであげるわ」と康子は笑った。康子のビールが運ばれてきて、二品ほど追加でつまみを頼んだ後、小林が康子に尋ねた。

「お前さあ、ここの客たちに霧が掛かってるの見えるか?」康子は小林の言葉に表情が曇った。

「え?なんのこと?」返答の口調は素っ気ない。

「いや、だからほかの人間に霧が見えるのかって聞いてるんだよ」

「あんたたちには見えるの?」康子は疑惑の目で小林を見詰めた。

「ああ」僕と同時に小林も返事を返した。

「そっか」少し冷めたつくねを咥えた康子は、目だけを店内に向けて頷いた。そんな康子に向け、

「色は?」と、畳み掛けるように小林は質問を続けた。

「あの人は黄色、あれは青かな。やばいな、ピンクがいるじゃん」と康子は平気で答えた。当然でしょ。とばかりに答える康子の言葉を確認などする必要はないだろう。康子には色もしっかりと確認でき、しかもその色の理由も理解しているようだった。


「ピンクはやばい?」小林は驚きに満ちた顔で康子に尋ねた。

「ピンクって死の前兆でしょ?」康子は小林に問い返した。

「いや、わかんないんだ。さっき見え始めたんだよ」小林は不安そうに答えた。

そこで僕は今までの経緯を康子に伝えた。

「そういうことか……」康子は納得したかのようにうなずいた。

「本当はね、これって普通じゃないと思ってたんだ。小さいときは普通だと思ってたよ。でもね、途中で気が付いたんだ。特別な力じゃないかってね。だから、人とは距離をおいたんだ。その人の未来が分かっちゃうんだから付き合い難いよね。でも、あんたたちだけは見えなかった。だから平気で付き合えるんだよ」康子は少し悲しそうな目でそう語った。


「だからさ、もしかしたらあんたたちも見えるんじゃないか。って思ってたんだ」僕と小林は何も言えなかった。康子の気持ちが痛いほどわかったからだ。

「私が家を出た理由もそれなんだ。大好きだったおばあちゃんが真っ赤になってね。見たくなかったんだよ、おばあちゃんの死を」

「でも、見える理由は分からない。何故、こんな力があるのかはまだ謎なの」

康子はそう付け足してビールを流し込んだ。


「色の説明はまだわかってないけど、赤だけはやばいよ」康子はそう言って笑った。これで僕の疑問も少しは解消された気分になった。僕だけじゃないと言うことには安心感をもらい、この三人が腐れ縁以上の関係だと言うことも理解できた。しかし、見える理由が三人で考えつくしても見つかることはなかった。


それから三人で相談した結果、一緒に住むことにした。三人分の家賃を考えたら、大きなところをシュアしたほうが安くなることも理由だ。何よりも大きな理由は、三人だけがほかの人と違うからである。

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