6-3. コンニャクを焼くエリー

 コニーという少女の人生は、「役立たず」として研究所から放逐された時点から始まる。

 何故なら、彼女が目的こそが「人類の役に立つ」ためだったから。

 彼女の創造主にとって、役立たずなど放逐して当然だったのだ。



 1000年前に滅びた、あるヒューム国家の遺産。

 あらゆる人類共通の幸福、そのためのいしずえとして生まれた存在。

 コニーは仮称「即戦力シリーズ(仮)カッコカリ」の人造人類、ホムンクルスとして製造された内の1体だった。


 人類共通の幸福へ至るにはどうするか。人類共通の不幸を除けば良い。

 人類共通の不幸とは何か。即ち労働である。と、彼女達の開発者は考えた。

 そうして考え出されたのが、人類の代わりに労働を担当する人造人類だ。


 仮称「即戦力シリーズ(仮)」の創造主たる科学者は、当時のその国においては進歩的な考えの持ち主であり、エルフやドワーフといった異種族もヒュームと同等の「人類」として尊重し。彼らが奴隷として不当な扱いを覚えることに憤りを感じていた。


 人類は生まれもって平等である。

 その平等性を損ねた結果、已む無く生じる結果、その表出こそが労働である。

 逆説的に、人類を労働から解放することが、人類平等のための唯一確実な手段である。そう考えた。

 そして、考えただけでは終わらなかった。


 仮称「即戦力シリーズ(仮)」の外見はヒュームの少女に見えるが、彼女達は複数の人類種と魔物の遺伝子を組み合わせて作られたハイブリッド人工生命体だった。培養槽とでも言うべき水槽で育まれ、成長しきった状態で誕生。生まれた時から一定の身体能力と知能を持っている。

 魔力量や筋力、耐性等の基本性能もさることながら――ハイエルフの遺伝子を分析・調整して実現した完全なる不老不死。同じくハイエルフが持つ森林魔力吸収機能を応用し、周辺生物の魔力を吸収・利用する仮称「周辺魔力収集機能(仮)」。

 何より特徴的なのは、スキル授与の形態だ。


 人類の定義は「個体によって異なるスキルを持つ種」であるが、人造人類も“人類”と付くからには当然、個体によって異なるスキルを授かる。

 通常、人類のスキルは種ごとの成人年齢に達した者が「スキル授与の儀式」を受けることで精霊から授かるのだ。

 対して、魔物は1種1スキルを前提とし、同じ種の魔物は全て同じスキルを保有しているが、これは「儀式を通さず持っている」物である。

 仮称「即戦力シリーズ(仮)」は人類と魔物、双方の特徴を備えている。即ち、「個体によって異なるスキルを持っている」のである。

 微妙な遺伝子バランスによって創られた、実質1種1個体1スキルの魔物――という見方もできるが、それが実用面に何らの影響を及ぼす訳でもない以上、特に考慮には値しない。重要なのは、彼女達が高い能力と様々なスキルを持ったとして生産される、という点だ。


 別に戦闘用兵器を作ろうというわけではない。人々の役に立つ人工生命を作ろうという、ただそれだけの計画。

 それが仮称「即戦力シリーズ(仮)」を作り出した、仮称「お役立ち生命創造計画(仮)」であった。


 計画自体の難度は、試算する迄もなく極めて高い。

 ほとんどが誕生前に死亡した仮称「即戦力シリーズ(仮)」の内、数少ない成功例の1体がコニーだ。


 コニーの持って生まれたスキルの名は、【蒟蒻召喚】。

 蒟蒻芋を加工して作られた「コンニャク」という加工食品を召喚するスキルだった。


 何せ、食べ物を召喚するスキルである。

 コニーはその特性により膨大な魔力を扱うことが可能であり、スキルの使用にも事実上の制限がないと言える。

 計画の最終目的である不労社会の実現にとって、非常に価値あるスキルだと、初めの内は思われた。



 しかし……コンニャクは、ノンカロリー食品だったのだ。



 食べれば食べるほど飢える食品。

 魔力を用いて、ノンカロリー食品を召喚する能力。

 食べ物で遊んではいけないため、食べる以外の用途にも使用できない。

 それは、当時の価値観からすれば紛れもない「外れスキル」だったのだ。


 役に立つための存在が、役に立たない。

 コニーは失敗作として研究所から放逐された。


 その後、資本主義国家であった祖国は仮称「お役立ち生命創造計画(仮)」を「極めて共産主義的」であるとして弾圧、計画が取り潰しになり、関わった研究者は投獄、資料も燃やされ、完成していた仮称「即戦力シリーズ(仮)」も生きたまま地に埋められたと聞く。

 その国すらも滅びて久しい現在、追放されていたコニーのみが、唯一の生き残りと言っても良い。


 しかし、姉妹が埋められようが、研究が取り潰しになろうが、国が滅びようが。

 人類の奴隷として造られ、理不尽に放逐されたコニーの感情は、恨みは、収まる物ではなかった。


 時に魔物に襲われ、時に人類に囚われ、時に災害に巻き込まれ、それでも尚死ねず。

 人類全てへの恨み。それを1000年間抱えたまま彷徨さまよい続けたコニーは、レベル999に至り。



 遂に、人類への復讐を開始したのだった。




 ***




 加速して接近、直前で原則、村の入り口で着地。


「誰か無事な人はいますか! 状況を教えてください!

 無理ならこちらの判断で対応しまーす!!」


 大きく声を掛けてから、続けざまに詠唱する。


「≪ファイアビット≫、≪フランベルジュ≫」


 自律機動する8つの火球を生む魔法を先行させ、自分の手にも炎で造ったつるぎを構える。


「≪聖炎≫」


 駆けながら浄化の炎を撃ち放つ。

 魔物の正体は不明だが、悪魔や邪神の係累のように見えたからだ。


 浄化の炎と普通の炎、効果に差が出るようなら、使う魔法の選択を考えようと思ったが……先行したファイアビットと比べて、火力以上の大きな差は感じられなかった。


 見た目通りに湿り気が強い。火の当たった部分がジュッと音を立てて湯気を昇らせ、徐々に温度を高めれば、そのまま焼かれて灰になった。延焼はしない。

 大勢の村人が捕獲されているのだから、今回はありがたいとも言える。


「今助けます!」


 村の出入り口付近で槍を持ったヒュームを捕えていた触手を、炎の剣で切断する。

 すぐさま剣を魔力に戻し、救助したヒュームを引きずりだし、触手の群れを警戒しながら、喉奥に入り込もうとしていた触手を掴んで引っ張り出した。


「げほっ、げほっ……! す、すまない、助かった……!」

「私は通りすがりの配達者です。状況を教えてください」

「サッパリわからない……突然あの灰色の化け物が、村の内側から押し寄せて来て……!」

「つまり、この魔物は、この村の名物とか、家畜とか、村おこしとか、そういうお祭りとかでは無いんですね!」


 エリーにとっては、それだけ聞ければ十分だった。

 助けに入ったつもりで、村の伝統をぶち壊しにするなんてことになったら、一大事だ。

 これが村人達にとっても危機であり、排除して良い物だとわかれば。


「≪選定者の火≫。対象は灰色のプルプルのやつ」


 対象を選んで燃やす魔法を使えば一発である。


 エリーの放った火は村中に広がり、灰色の触手を灰にした。

 触手に持ち上げられていた人々はぱたぱたと地面に落ちるが、左程の高さもなかったため、大きな怪我をした者はいないだろう。

 建物も全て無事。多少湿っている程度で、損傷はない。


 燃えにくい素材を燃やしたため、エリーの体内魔力にも相当な消耗があったが、ヒューム等と比べれば魔力の多いエルフである。動けない程の疲弊ではないし、太陽熱などを魔力に変えていけば回復も早い。


 魔法の特性上、残党のようなものはいないはずだが、念のため村の中を見回す。



 すると、そこには。


「お前ガ、やったデス……?」


 倒れ伏し、這いつくばり、うずくまり、めいめいに咳込む村人達の間で1人だけ、しっかりと直立し。


「よくモ、ワタシのコンニャクを……燃やしてくれたデス!」


 ヒュームとも、エルフとも、魔物ともつかない、異様な魔力を持った少女が。

 憤怒の顔で、こちらを睨み付けていた。



 もしも、エリーが休暇モードでなかったら。

 きっと見た瞬間に勘付いたことだろう。



 あ、これはいつもの、外れスキルレベル999のやつだな、と。



 数日間の休暇は確実にエリーの直感をなまらせ、「いつもの」が「いつもの」ではなくなっていた。

 そして、それはレベル999同士の戦闘において致命的な隙となる。


「喰らうデスッ! ワタシの糸蒟蒻こんにゃくをッ!!」


 少女、【蒟蒻召喚】のコニーがエリーの足元から召喚した糸蒟蒻が4本。親指程の太さのそれは、穴から蛇が這い出るように長さを増し、たちまちの内にエリーの四肢を絡め取った。


「うわっ気持ちわ……んぐぐぐ!!」


 そして拘束を維持したま、4本共が開いた口から胃の中に飛び込んでくる。


「コンニャクはッ! 食べ物デス!!

 美味しく食べるデスッ!!」

「んぐー!?」


 噛み切れない糸蒟蒻が胃の中でも伸び続け、どんどんかさを増してゆく。

 口は塞がれており、魔法の詠唱はできない。

 流石に内部から破裂する程ではないし、鼻から呼吸もできるが――。


 吸われている。魔力をだ。


 蒟蒻が吸い上げているのではない。コニーの方に、エリーや村人、それどころか虫や雑草。周囲の生物から魔力が流れて行く。

 このままでは危険だと、平和ボケしていたエリーはようやく気付いたので。


 ボウ、炎の走る音がして。

 とエリーの両手両足を拘束していた糸蒟蒻が焼き切れた。


「ぐえっ、ゲブッ、熱ッ! ヒャーッ!?」


 そして、エリーを解放した4つの火の玉、それとは別の4つが、コニーを村の外へと弾き飛ばした。



 待機させていた≪ファイアビット≫を操作するだけなら、拘束されようが、口を塞がれようが問題はない。

 本当ならここで敵をつもりだったが。

 相手の飛ばされた方を振り向いたエリーは気付く。

 どうやら、相手は無傷のようだ。


「火耐性が強いんですか? それとも再生が早い?」

「両方デスッ!!」


 コニーは聞かれたことには素直に答える性質たちだった。

 それは人造人類の根底に刻まれた、人の役に立つという理念に基づく本能だったのかもしれない。


「ということは、多少は燃えるんですね」


 何にせよ。エリーにとっては、それだけ聞ければ十分だった。

 ≪ファイアビット≫を魔力に還し、自分の体内に取り込む。

 そうしてどうにか戻った魔力を絞り出し、


「≪紅蓮地獄≫」


 不死殺しの炎で、少女を包み込む。

 粘性の炎は死なない者すら焼き尽くす。



 そうして、1000年の時を彷徨った不老不死の人造人類は、ようやくの終わりを迎えた。

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