6-2. ホットサンドを焼くエリー
エルフのエリーは朝食のホットサンドを飲み下し、
「私ってラブ・アンド・ピースの申し子だったのかも」
との妄言を吐いた。
「……あっ。聞いてませんでした、エリーさんの顔が良すぎて。すみませんが、もう1回お願いします」
「キュフ、キュフ!」
ヒュームのジローは慌てて問い返し、ドワーフのヒタチマルは口を膨らませたまま特に意味のない鳴き声を上げた。
「平和っていいな、って話だよ」
「ああ、はい。ですよね?」
エリーの言葉にジローは笑顔で頷いた。
その「平穏」を提案したのがジロー自身だからだ。
というのも、最近ちょっと力に溺れ、武力で全てを解決しがちだったエリーに、「
「戦闘なんてくだらないよね。
スキルって、魔法って、誰かを傷付けるためにあるんじゃないんだよ。
人には知恵と想像力があるんだからさ。もっと生産的なことをしなきゃ」
そう微笑むと、「≪ホーリーホットサンド≫」と詠唱し、薄切りのパンと、間に挟んだチーズ、燻製肉、トマトペーストを、浄化の炎の熱で加熱する。圧を掛けながら焼いた食材に手早く火が通り、滞留する空気に乗って香りが広がる。キューキュー鳴いて催促するヒタチマルにそれを与えた。
食。それもまた生産的な文化の1つだ。
「そうです、そうです。人が1人死ねば、その分の生産力も、購買力も失われるんです」
商家での仕事で、思想を商人寄りに染められつつあるジローが、そんな風に同意した。
勿論、何があっても相手の命を奪うなという訳ではない。自衛は必要だ。
あくまで専守防衛。直接的な暴力に訴える前に、可能な限り平和的な解決方法を探すこと。
また、トラブルに巻き込まれる機会自体も少なくなるよう、ジローは幾つかの提案をした。
1人で街を歩くと
キューキュー鳴くドワーフに跨って移動するエルフを見て、積極的に絡む者はなかなかいない。
そして、しばらく仕事を休むこと。
配達者という職業柄、暴力沙汰に巻き込まれることも多ければ、魔物や盗賊の命を奪うこと自体が目的となる場合もある。
今回立てた不殺の誓いは、人類のみを対象にした物だ。が、魔物や動植物を狩りに行けば、何故か高確率で危険な人類(盗賊やテロリスト)も寄って来る。
血生臭い人類は、血の臭いにでも惹かれるのだろうか?
なお、休業中の生活保障はジローがおこなう。
今は未成年ながら自分でも働いているジローだが、一時期は完全にエリーに扶養される立場だったのだ。これは、その時の恩返しのつもりもあった。
お陰で数日とはいえ血や闘争から離れることのできたエリーには、確かに不殺の影響が出ていた。
「何もしないって良いね。スローライフの極地って感じがする」
「キュー」
目を細め、口角を上げる穏やかな微笑み。それがエリーの平時の表情となった。
性格も穏やかになり、ご近所さん(宿屋の店員や宿泊客)からの評判も向上。
柔らかい雰囲気は、エルフの何処となく
4足歩行のドワーフにさえ跨っていなければ、引っ切り無しに声を掛けられたことだろう。
同居人のジローは結局「顔がいい」としか言わないし、ヒタチマルは精神的にハクビシンなので細かいことは判らないが。
食べて、寝て、夢を見る。
出歩き、遊び、買い食いし、本を読む。
未成年の子どもに養われるのは若干心に来る物があるので、そう長く続ける気はないか、生活に余裕のある長期休暇の重要性と価値を、エリーは強く認識した。
そして、今日からは休暇の締め括りだ。
「そろそろ出ようかな。ヒタチマルの面倒はお願いするね」
「任せてください!」
「キュー!」
長期休暇にやりたいことと言えば、旅行である。
何処の里も大して変わり映えのしないエルフ領に旅行文化はないが、地域ごとにそれなりの特色があるヒューム領では、都市部に根差す富裕層を中心に観光旅行が広まっていた。「遠出=長期の仕事」な“配達者”にとっては今更といった節もあるが、基本的に日帰り範囲(一般的な配達者が片道数日かかる範囲)でしか仕事をしないエリーにとって、旅行は目新しい娯楽である。
今回の目的地はリエット侯爵領の領都リエット市。
エリーがヒューム領に出て来て最初に拠点とした場所で、ジローの出身地。
そして現在はエリーの親友、ハーフリングのイェッタが住んでいる街だ。
ジローも仕事がなければ付いて行きたかったようだが、今はちょうど繁忙期。今回はエリーの1人旅となる。
魔法で飛べる所まで飛んで片道2日、滞在日を入れて6日程度の予定だ。
青い空。白い雲。柔らかな風。温かな太陽。
争いのない世界の、何と心地好いことか。
休みが終わり、仕事を再開するにせよ、血生臭い仕事は今後も避ける。
これから一生、暴力とは無縁の生活を送るのだ。
エリーはそう心に決めた。
すると、何だかとても清々しい気分になった。
***
そんな気分だったのだ。つい先ほどまでは。
出発してから数時間経った頃だ。
旅行の醍醐味は食事だ、とエルフのエリーは考えている。
朝から飛べるだけ飛び、遅めの昼食休憩にと目を付けていた村は、サツマイモの名産地であった。
「んん、何あれ。村があるはずの場所で、何か灰色のがぐにゃぐにゃ
状況確認、現状認識。
声に出すことで、異常事態がはっきり認識できる。
近付く程に見えてくる。
ぷるぷると強い弾力があり、瑞々しい質感。濃い灰色で、表面に光沢がある。
触手のように揺れるそれが、村の、畑の、至る所から生え、伸び、茂り、踊っていて。
時には人の四肢を拘束し、口から潜り込もうとしてさえいて。
「新手の魔物かな」
どうしたものか、とエリーは思った。
明らかな異常事態、危険事態だ。
ただ、エリーは上空を飛んでいるため、無視して通ってもエリー自身に問題はない。専守防衛という観点からすれば無視してもいい。街道警備の依頼でも受けていれば別だが、今は休暇中で、エリーがあれをどうこうする義理はない。
「だからと言って、無視して通るのも寝覚めが悪い」
実の所、魔物を狩るのは問題ないのだ。
魔物狩りをしていると、いつのまにか盗賊やテロリストとの戦闘が始まることの多かったエリーは、何となく魔物狩りも敬遠していたのだが……流石に、力ある者の責任として、目の前で襲われている村を見捨てる選択肢はなかった。
力を持つ者は、本質的に傲慢なのだ。
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