4-3. 嫌な顔をされるエリー

 定期連絡が取れない町への手紙の配達と、連絡が取れない原因の調査。それが今回エリーが受けた依頼だ。


 考えてみれば、連絡が取れなくなった原因が不明、というのは非常に怪しい。

 予想される原因としては――例えば町が疫病で滅んだとか、凶暴な魔物が住み着いたとか。

 エリーなら、疫病対策は魔法で可能だし、大抵の魔物なら討伐も可能、少なくとも逃げるくらいの自信はある。


 エリー自身、強大な力におごったイキリエルフ(※力に溺れて上位者ぶるエルフ系種族を指すスラング)である自覚はある。

 だが【火魔法】が当たりスキルであり、エリーがレベル999であることは事実だ。大抵の問題は、問題とならない。


 目的地であるガーランド町の位置は地図で確認した。

 手紙の配達先は行政関係者。定時で役場が閉まるとしても、昼食後にパースリー市を出れば間に合うだろう。


 それまでのんびり過ごしてもいいが……何とはなしに、不安感が残る。




 そうして訪れた、昼時の飲食店にて。


「……ガーランドのことを? あの町に興味が?」


 先日のゴタゴタで知り合った配達者パーティ『白き花弁』。

 そのリーダーであるメルシャノンは、エリーの問いに眉をしかめて応じた。

 周囲にいた客も、バッと音を立てて一斉にエリー達を振り向き、慌てて顔を逸らす。それでもまだ、ちらちらと窺うような視線を感じるが。


「はい、依頼で行くことになりまして」


 エリーは既に幾らかの後悔を抱えつつ、補足した。


 出発前に立ち寄った食堂で、エリーは数少ない知人に出会った。

 メルシャノンと、そのパーティメンバーであるトッテリーサだ。2人とも今日は私服で、配達者業は休みらしい。

 快く相席に誘ってくれた2人に、折角だからと、エリーはガーランド町の話を聞こうと思ったのだ。


 それで、この反応だ。

 質問がまずかったのか、尋ねた場所が拙かったのか、依頼受注自体が拙かったのか。


「何かあるんです?」


 とエリーは重ねて尋ねた。


「いや。特に何と言うこともない、鉱山の町なのだが」


 言い淀むメルシャノン。

 代わりにトッテリーサがこう答えた。


「ガーランド町は、パースリー子爵領唯一の居留地なのです」


 ピンと来ない種族名に、エリーは首を傾げて目を瞬いた。


「なんねん星人?」

「難燃性人種。ドワーフ、ドヴェルグ、ケイヴピープルだ」

「ああ」


 そういえば、彼らには色々な呼び方があったな、とエリーは言われて理解した。



 難燃性人種は、かつて「ドヴェルグ」や「ドワーフ」と呼ばれた――あるいは、今尚そう呼ばれている種族である。


 ドヴェルグとは「小さき者」を意味する古語であり、過去のヒュームが定めた種族名で、最初期はこれが正式名称とされていた。

 その後、同時期にヒュームと種族間交流を持ち始めた「エルフ」の名に引き摺られる形でなまり、「ドワーフ」という通称が生まれる。

 これはヒューム、エルフ、そしてドヴェルグ自身の間に広まった。


 ある時代、ヒューム領内のある地方で、「ドワーフ」という言葉が、一部のヒュームにより低身長の同族(特に遺伝子異常による者)を差す蔑称として使用された。

 そのため、「ドワーフ」という種族名は元より、同源となる「ドヴェルグ」も差別用語と認定され、社会的に使用が禁じられた。


 代替の名称として、その文化から彼らは「ケイヴピープル」と呼ばれるようになったが、これもまた一部のヒュームがとして使用し、やはり同様に使用が禁じられた。


 次に、若いケイヴピープルの一部の自称を元に、「ヒゲフ」と呼ぶ動きが生まれた。しかし、ヒゲフ女性はヒゲフ男性と比較してヒゲが薄いか、全く生えない場合もあることから、(主に体毛の薄い異種族により)男女差別を指摘され、これは公的な名称となる前に使用を禁じられた。


 現在はその性質から「難燃性人種」と呼ばれているが、同じく難燃性であるドラコニア(※龍系人種)やシリコニー(※無機系人種)から反対意見が挙げられている他、「そもそも人を燃やすことを前提とした名称はいかがなものか」という疑問等もあり、専門家からは近々新たな呼称が発表されるものと見られている。


 ただし、田舎の方ではいまだに「ドワーフ」という呼称が一般的である。

 エルフ領はほぼ全域が田舎であるため、エルフ領に住む一般的なエルフと同じように、エリーも「ドワーフ」と呼んでしまっていた。

 なお、ドワーフ領もほぼ全域が田舎なので、ドワーフ領内に住む一般的なドワーフの自認する種族名も「ドワーフ」である。


「で、そのナントカ性人種が、何かやらかしたんですか?」

「具体的に事を起こした、ということは無いのだが……どうも彼らは、異種族に、そう、敵対意識があるらしくな」

「へー。何でまたヒューム領なんかに住んでるんです? 色々不便でしょうし、ドワーフ領に帰ればいいんじゃ」

「どうだろう。私の祖父母の代には、既に今の状況だったそうだが」

「ならまぁ、先祖伝来の土地ってやつなんですね。引越もお金かかりますし」


 代替わりの少ないエルフには「先祖伝来の土地」を持つ家も、ヒュームよりは少ない。ヒュームが10代20代と代替わりする時が流れても、エルフは初代がまだ存命だったりするのだから、長命種は「先祖伝来」の達成条件が厳しいのだ。

 また、異種族に里を焼かれたり、【木魔法】スキルを授かったハイエルフが新たな王国(という名の里)を興したり、といった理由で――短命種の感覚ならともかく、エルフの感覚では――エルフは頻繁に里を移す。


 エリーの実家も両親の代から住み始めた土地で、しかも借地だ。土地への思い入れも何もない。

 やや気軽に里を追放されたエリーには、ドワーフ達への共感は全くできなかったものの、「そういう考え方もあるんだろうな」と一定の理解は示した。


「じゃあ、ちょっと……か凄くか知らないですけど、態度が辛辣なのを我慢したら、特に問題はないってことですか?」


 それくらいなら、急いで行って帰れば問題はないだろう。

 余程酷い様子だったら、次から避ければいいだけだ。


いて言うなら、ガーランド町の家屋、店舗、坑道、その他全ての人工物は難燃性人種のサイズに合わせてあるので、ヒュームやエルフの身長だと暮らしにくいかも知れないのです」

「あー、出入口で頭ぶつけるやつですね」

「椅子もテーブルも全部低いし、宿のベッドも縦に短いのです」


 トッテリーサの補足説明は、ひるがえればヒュームの都市におけるドワーフの感じる不便を表しているとも言える。

 異種族間の歩み寄り。あるいは、どの種族でも不都合なく共用できる施設、環境の開発こそが求められるのだな、とエリーは考える。


 それはそれとして、聞けば聞くほど地味に面倒だし、あまり行きたくなくなってきたな、とエリーは思った。




 ***




「あんな町のこと、口にしたくもないわ。関わるのはやめておきなさい」


「偏屈な連中ばかりで元々交流もありませんでしたが、確かに最近は全く見掛けませんね。清々します」


「実家の隣がガーランド出身のドワーフの家でさ。毎晩酒飲んで騒いだり、夜中まで金属を叩いたり削ったりやかましいんだよな」


「第一、あのドワーフ面が気に入らねーのよ」


 出発前に再度寄った配達者ギルドで聞き込みをした所、種族間の軋轢あつれきの理由としては、あまり中身のない情報が集まった。

 これはエリーにとって、なかなか価値のある話だ。

 ガーランド町への嫌悪感が単なる偏見や伝統であれば、初見のエリー個人が感じる不快感は、比較的小さな物となるだろう。

 後は天井の高さにだけ気を付ければ良い。


 少しだけ軽くなった気分で、軽快に空路を飛ばす。

 聞き込みのために予定より少し出発時間が遅れ、役場の定時に間に合うかは微妙な所。

 大きくうねって回り道をする山道を眼下に、直線距離で目的地を目指せば、遠くに町が見えてくる。

 その光景に強烈な違和感を覚えたが――ちょうどその時、教会の鐘が5度響く。午後5時、タイムアップを告げる音だ。


 ああ、間に合わなかったな、とエリーは悔しく思う。

 それと同時に、先程の違和感も押し流されて消えてしまった。

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