第四章:【催眠】のアート
4-1. 気付きを得るアート
不意に強大な力を得た者は、その力で何を為すべきか。
例えば王や領主なら簡単だ。
外敵を払い、領地を富ませればいい。
覇権を求めて周囲へ打って出るのも手だ。
商家の者なら、店を大きくするのもいい。
仕入れを広げ、伝手を広げ、販路を広げ、国を跨いだ権益を得るのだ。
持てる者は幸福だ。自ら道を探す必要がないのだから。
それまで何の役も与えられなかった者は、急に何かを得ても、何処へ向かえば良いのか判らない。
「理想」があれば楽だったろう。夢や希望は財産だ。
どれだけ非現実的な妄想でも、それを目指す間は、ただ手を動かすだけで済む。
「復讐」なんて目的があればまだ良い。憎しみは財産だ。
少なくとも、それを成し遂げるまでは、それが一挙手一投足の大義となる。
「趣味」がある者が羨ましい。好き嫌いは財産だ。
「情欲」を知る者が妬ましい。性への欲は財産だ。
腹を満たした。
屋根と壁を得た。
次に何をするべきか、アートには何も思いつかなかった。
それを教わるために、彼は人を集めて教師の役をやらせた。
目についたあらゆる種族の、目についたあらゆる階級の、目についたあらゆる性別の、目についたあらゆる年代の、目についたあらゆる個体に。
様々な知識を得ることで、彼は結論を得た。
目的も思想もない者が力を得れば、どうしたって世は乱れる。
その結論は、彼に自縄自縛の絶望を
彼は必死で己の欲望を省みた。
振り返れば、彼が自分の望みでおこなったのは、「腹を満たす」ことと「屋根と壁を得る」こと。
まずは前者を極めようと、手の届く限りの美食を試し、珍味を求め、料理人の役の者に新たな味覚を創作させた。
腹が膨れれば、何を食べても同じだな、と彼は思った。
まだ試していない食材は、人類。
ヒューム、獣人、ハーフリング。見たことはないが、エルフにドワーフ。
食べたことはないが……正直な所、食べたくもない。
ならばそれ以上の食の追求は諦め、「屋根と壁」の追求に移ろうとして。
戯れに、ヒュームの集団に「屋根と壁」の役をやらせてみた。
これが己の人生の意味だったのだ、と、アートは気付いた。
まあ――あまりに隙間風が酷いため、人類に家屋の役をさせるのは諦め、家具や日用品の役を与えるに留めたが。
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