2-11. 連れ立つエリー(第二章完)

「やりましたね、エリーさん……っと熱っ!

 地面が熱い! うわっ敷石が溶けてる!!」


 佇むエリーの元へ、ジローが飛び跳ねながら駆け寄って来る。

 喜びの表現ではなく、言葉の通り、地面が熱いのだ。


「一応確認してもらえる? これが探してたお嬢様だよね」

「はい、間違いありません」


 随分淡々としているな、とエリーは思った。

 年齢も近い(ように見えるが、エリーにはヒュームの年齢が大雑把にしか予想できない)ので、主の娘と従者ならそれなりに交流はあったと思うのだが。


「あ、知り合いなのに冷たいなって思いました?」

「うん、少し」

「お嬢様は、僕のことなんて覚えてすらないと思いますよ。

 僕の方はお嬢様の顔は結構眺めてましたけど。わりと顔がいいので」

「そうなの?」

「はい。まあ、言っちゃナンですがその程度の関わりです」


 ジローはそこで一旦エリーとの会話を打ち切り、周囲に散っていた人を集めに走り出した。

 状況説明、後始末の依頼、ギルドへの報告と、侯爵家への報告もあるのだという。


 1人になったエリーは、魔法で囲った外側に残っていた大きめの瓦礫に腰掛けた。



「あのお方、ねぇ。そういえば【鼻毛カッター】の人も言ってたような?」


 偶然だろうか。偶然かもしれない。

 しかし、遺言としても捨て台詞としても、あからさまに過ぎる。

 黒幕が「死ぬ時は思わせぶりに、あのお方が……と呟け」なんて指示を出しているのかもしれない。


「……黒幕かぁ」


 思えば、外れスキルをレベル999まで反社会的勢力が、多すぎるのだ。

 冗談のつもりで「黒幕」なんて言葉を使ったが、案外、本当に黒幕がいるのかもしれない。

 陰謀論のようで、人に聞かせられる話ではないにせよ。


 それに、レベル999までスキルを使い続けた連中が、妙にスキルの使い方が下手糞なのも気になった。

 例の【鼻毛カッター】だって、「鼻毛を根絶やしにするため、鼻毛の生えた生物を即死させる」くらいのことをされていたら、エリーも危なかった。あの頃はエリーもスキルの使用に慣れていなかったのだから。



 先程殺した、【掌返し】のシャルロットの目を思い出す。


 襲われて返り討ちにした野盗達――【耳年増】のミーミル、【健康サンダル】のサンドラ、【オケラ召喚】のオルケル、【保温】のホーン。


 故郷の血の海にしたハイエルフ、【鼻毛カッター】のリーシャの目も。



 いずれも、ゾッとするような淀んだ目をしていた。



 己の外見に頓着のないエルフには鏡を見る習慣がないが、ヒュームの高級宿や温泉施設では、大きな鏡が設置されていることもある。

 リーシャの目を見て以来、エリーの心の何処かに、その昏い目が巣食っていた。

 だから鏡を見た時に、つい目を逸らしてしまった。


 結局の所、エリーと彼ら彼女らに何の違いがあるのだろう。

 レベル999の圧倒的な力を持って、常識的な判断力や危機意識を喪失した、その自覚はある。力に溺れている。

 なら、きっと自分を同じ目をしているのだろう。


「お待たせしました! 各所への報告終わりましたよ!」

「ジロー。お疲れさま」


 戻ってきたジローと目を合わせる。

 キラキラと輝く子どもの瞳だ。


 気付けば、ジローもエリーの目を見つめ返していた。

 思わず目を逸らそうと思ったが。

 それより早く、ジローが口を開いた。


「か、顔がいい……何だこれ……めちゃくちゃ顔がいい……」


 無意識に漏れてしまったような独り言だ。

 いつも脈絡なく口に出し、言い訳のように乱発する言葉。


 しかし、エリーは改めて考える。

 ジローは自分の顔を見て「顔がいい」と思うのか。


「ジロー。お嬢様の捜索依頼は片付いちゃったけど、これからどうする?」

「どうするって、何がです? お昼はさっき食べましたけど」

「屋敷に帰るのかってこと」

「…………あー。なるほど。忘れてました」


 何言ってんだこの人、と純粋な疑問を浮かべていた表情が、徐々に理解の色に切り替わる。


「あのお屋敷で働いてたのって、お嬢様の顔が良かったからなんですよね。だから、あんまり戻る理由もないんですよ」


 眉根に皺を寄せて、困ったようにそう答えた。


 エリーはふと浮かんだ疑問をジローに確認することにした。


「お嬢様ってどんな人だったの?」

「え? 顔のいい人でしたよ。エリーさんほどじゃないですけど」

「今日見た時もそう思った?」

「そうですね、うーん……そういえば、前ほどじゃなかった気もしますけど。エリーさんを見慣れたから、目が肥えたんですかね」


 普通に失礼なやつだな、とエリーは思った。

 しかし、少しだけ安心もした。


 外れスキルレベル999の連中は誰も彼も酷い目をしていた。

 だから自分もそうだろうと思ったし、それは嫌だなとも思った。


 それでも、これだけ顔を褒めて貰えるのなら。

 もしかしたら、自分の目はそこまで淀んではいないのかもしれない。


「ジロー」

「………………あっ、すみません!

 顔が良すぎて聞いてませんでした、何でしょう!」


 少し嬉しくなったので、感謝の気持ちで提案した。


「良かったら、しばらくついて来る? 食費と宿代は出すよ」


 これが感謝になると思うのは、流石に自惚れではないだろう。


「えっいいんですか! やったー、行きます行きます!!」


 案の定、ジローは二つ返事で飛びついた。


「この街はしばらく復興で忙しいよね。建材や救援物資の輸送で、配達者の仕事は増えそうだけど……拠点を移してもいいかな」

「そうですね! 正直僕も、市中でリエット家の関係者って知られてて、お嬢様のせいで逆恨みされそうですし!」

「私も、街中で大きな魔法をぶっ放しちゃったし」


 2人で目を合わせ、頷き合う。


 エリーとジローは急いで食材などを買い込むと、日が暮れる前にリエット市から旅立った。




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以上で第二章完結です。

第三章の終わりまで書き上がれば、

続けて1日1投稿で公開予定です。

二章最終話公開日までに三章が書き上がらなければ、

書き上がった日から毎日投稿です。


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