輝きは希望に満ちて(2)

 真夜中。星達が煌めく時間。

 アヴィオールは家を抜け出して、とある場所にやってきた。

 そこは時計屋。かつて毎朝通った店。アルファルドが経営していた時計屋である。

 店の中には人影など一切ない。アヴィオールは、鍵穴に真鍮しんちゅうの鍵を差し込んだ。

 扉を開くと蝶番が軋む。屋外から、冷たい風に煽られた雪の粒が、店の中に入った。アヴィオールは時計屋の中へ。


 静かだと思っていた店内は、存外うるさかった。

 壁にかけられた沢山の時計は、カチコチ音を立てながら針を進める。時計はそれぞれ違う時間を指しており、それに伴い秒針の音もずれる。

 暗闇の中、時計達が思い思いに音を刻む。


「案外うるさいんだな」


 アヴィオールは呟いた。


 ふと振り返り、店の外を見る。

 そこには、学友の姿があった。


「レグルス。カペラも」


 アヴィオールは扉を開けた。

 レグルスもカペラも、笑顔を浮かべているが、取って付けたような薄っぺらなものであった。二人とも、それぞれ悲しみを負っているのだ。


「どうしたの? こんな夜中に」


 アヴィオールが訊ねる。


「それはお前もだろ。家抜け出したのか?」


 レグルスに問われ、アヴィオールは頷いた。


「カペラ、汽車に乗ってきたの?」


 カペラは頷く。


「なんだか落ち着かなくて」


 アヴィオールは二人を家の中に招き入れる。

 暫く無人であった時計屋は、外気と同じくらいに冷えきっている。レグルスは寒さに震え、首を縮こませた。


「誰もいねえんだな」


「ですねえ」


 当たり前のことを口にするレグルスとカペラ。その何気ない一言でさえ、アヴィオールの胸を押し潰した。

 暫し沈黙。時計の音が静けさを強調する。


「今日な、流星群なんだってさ」


 唐突に、レグルスは言う。


「流星群?」


「何座の流星群だったっけ? まあいいや。屋根上がろうぜ」


 レグルスはカウンターの奥へと向かい、建物の住居側へと向かう。その後ろにカペラが続き、最後尾にはアヴィオール。

 彼らは階段を上がり、屋根裏へ続く梯子を下ろし、天井裏へと向かった。

 天井裏は空気が淀んでいた。レグルスが床を踏む度に埃が舞い上がり、三人は咳き込んだ。

 アヴィオールは窓を開ける。ひんやりとした風が屋根裏の中を吹き抜ける。


「流石に屋根には上がれないですねー」


 カペラは屋根裏を見回して呟いた。屋根に繋がる出入口はない。レグルスは残念がって「えー」と不満の声を洩らした。

 アヴィオールは窓から空を見上げる。視線の先にあるのは乙女座。一際ひときわ青く輝く星に、視線が吸い込まれていた。


「あっ」


 きらり、星が流れていく。

 光の軌跡を一筋描いて、星の煌めきが落ちていく。


「始まったか?」


 レグルスが訊ねる。アヴィオールは空を見つめたまま頷いた。

 一筋消えれば今度は二筋。それらが消えればまた流れる。空に浮かんだ星々が踊るように軌跡を描く。

 綺麗で仕方なくて、アヴィオールは目を離すことができない。


「ねえ、アヴィ。タルタロスで見たって言ってましたよね」


 カペラが問いかける。


「ほら。星屑が生まれるところ」


「ああ……」


 アヴィオールは思い返す。

 タルタロスに堕ちてしまった時に、確かにユピテウスから教わった。


「魂は太陽の光を注がれて、星屑の結晶になる。そして、流れ星のように消えて……

 流れ星のように……」


 アヴィオールは、はたと気付いた。

 この流星群は、タルタロスでいぶされた星屑の結晶ではないだろうか。

 星屑の結晶とは、すなわち命そのものだ。巡り巡る光そのものだ。


「あの後な。親父もお袋も死んだんだ」


 レグルスが口を開く。アヴィオールはそのことをクリスティーナから聞いていた。しかし、レグルス本人から語られると、その重みは随分違う。


「親父は橋の近くで死んでたって。お前らを逃がすために、あそこで戦ってたんだろうな」


 アヴィオールは目を伏せる。申し訳なく思ったからだ。

 しかし、レグルス本人はそのことを誇りに思っていた。アヴィオールの肩を小突いて爽やかに笑う。


「やっぱ、獅子ってすげーよな。命をかけて仲間守るなんて」


 アヴィオールは恐る恐るレグルスを見る。


「だから、シケたツラすんなよ。いつまでも落ち込んでちゃ、親父もスピカも浮かばれねーって」


 カペラもまた、レグルスの言葉に頷く。


「上手く言えないけど、スピカは私達に笑って欲しくて星になったんじゃないかなって思うんですよ。ほら、流れ星見ると笑顔になるでしょ?」


 拙い言葉で語るカペラの主張に、アヴィオールは思わず笑う。もし、そんな理由だったのだとしたら、あまりに純粋ではないか。

 しかし、そんな理由かもしれないと思うほど、カペラの言葉には根拠のない説得力があった。


「あ、やっと笑った!」


 カペラは言う。


「え?」


「アヴィ、帰ってきてからずーっと仏頂面だったんですよー。ぶすーって」


「この世で一番不幸ですー、みたいな顔してたな、確かに」


 アヴィオールは目を瞬かせる。そんなに酷い顔をしていたのかと、今更ながらに反省した。


「光は循環する。巡り巡って、俺らのとこにまた戻って来るかもしれねえ。だったら、その時にいい報告ができるように、一日一日しっかり生きていくしかないんじゃねえか」


 柄にも無く、レグルスは語る。

 アヴィオールは再び空を見上げる。流星群は途切れることなく。空を美しく、煌めきで飾っていた。


「まずは、春を待とう」


 アヴィオールは呟く。


「春が来て、緑が芽吹いたら、迎えに行くよ。

 その時の姿が、花になってるか、鳥になってるか、わからないけど。

 でもきっと僕の元に帰ってくるって約束したから。だから、迎えに行く」


 まだ寂しさは胸の内に残っているが、その約束のおかげで、希望が見い出せた。

 冬を迎えて一週間。この寒さは三ヶ月続くと言う。

 まだ見えぬ春が待ち遠しい。

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